HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報529号(2010年5月 6日)

教養学部報

第529号 外部公開

〈本郷各学部案内〉 法学部で何を学ぶか

川出敏裕

H-5-1.jpg法律の勉強というと、分厚い六法全書に収録された法律の条文を覚えるというイメージがあるかもしれません。しかし、それは必ずしも正しくありません。例 えば、皆さんがこの教養学部報を手にとられる頃に開始からちょうど一年となる裁判員制度についていえば、それを定めた「裁判員の参加する刑事裁判に関する 法律」は、一一二ヵ条からなる法律です。また、これは、裁判員が参加する場合の刑事裁判の特則を定めたもので、刑事裁判の基本的なルールは、刑事訴訟法と いう法律に定められています。これは五〇〇条を超えます。これだけの条文を暗記することなど、普通の人間にはできませんし、条文は、わからなければ見れば よいのですから、そのまま暗記する必要もないのです。

しかも、法律の条文というのは、何か問題が起きたときに、それをそのまま当てはめれば答えが出てくるようなものではありません。もし、そのようなものに しようとすれば、法律の条文は詳細で膨大なものとなりますし、そもそも、この世の中に起こりうるあらゆる場面を想定することなど不可能です。それもあっ て、法律の条文というのは、ある程度抽象的な概念を用いている場合が多く、特定の問題に条文を当てはめて解決するために、条文を解釈するという作業が必要 になります。

法律学における学説や、皆さんが法学部で目にすることになる裁判所の判決も、その多くは、特定の条文の解釈を示したものです。そこで、法学部では、様々 な法律について、この意味での条文の解釈を学ぶことになりますし、それが、法学部で学ぶことの多くを占めているといっても過言ではありません。しかし、そ れは、単に、既存の判例や学説を覚えるということとは違います。

何よりも、いくら法律の知識があったとしても、ある出来事が起きた場合に、そこにどのような法律上の問題があるのかを抽出できなくては意味がありませ ん。そして、世の中で起きる出来事は、既存の判例や学説において扱われていない問題を含む場合も少なくありませんので、そのような場合に、条文や制度の趣 旨に遡って、それを当てはめ、論理的で、かつ、妥当な解決を導き出すことが求められます。法学部での勉強を通じて皆さんに身に付けてほしい最大のものは、 この能力です。

さらにいえば、既存の法律では対処できない新たな問題や要請が生じてきた場合には、新しい法制度を創る必要がありますが、その際に、そこに生じうる問題 点を抽出し、様々に交錯する複数の利益のバランスを考慮した案を示す能力も、法律家には要求されます。こうした能力が身に付けられるように、法学部では、 法を理論的・歴史的に扱う講義や、特定の主題を深く掘り下げて学ぶ演習を多数用意しています。皆さんは、それぞれの問題関心に従って、自主的にそれらを選 択して学ぶことができます。

法科大学院の創設に象徴されるように、今後、司法の役割が増大することが予想される中で、これから法律家となる皆さんは、これまで以上に幅広い領域に関 わっていくことになるでしょう。それに的確に対処するためには、法律学にとどまらない知識と能力を身に付けておくことが必要となります。法学部でも、政治 学、経済学の授業を提供していますが、皆さんには、それ以前に、社会に起こる問題に対して鋭敏なアンテナを常に張り巡らし、その本質を掴む訓練をしておい てもらいたいと思います。

(刑事法学)

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