HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報532号(2010年10月 6日)

教養学部報

第532号 外部公開

〈本の棚〉 『バイオメカニクスで読み解く「スポーツ動作の科学」』 深代千之、川本竜史、石毛勇介、若山章信 著

太田邦史

C-2-2.jpg著者の深代先生には「ダンディー」という言葉がしっくりくる。ただダンディーと言うだけでなく知的でユーモアのセンスもあり、女性に大人気である。二度ほどテニスをご一緒させていただいたが、攻撃的なプレースタイルで非常に勝負強い。根性論とかを振り回すわけでなく、至って理知的なテニスをされる。今回、本書の書評を記すにあたり、改めて先生の勝負強いテニスの秘訣を知った。

ご存じの方も多いと思うが、深代先生は北京五輪での男子400mリレーの感動的な銅メダルを陰で支えた立役者である。深代先生は、最適なバトンタッチ法を理論的に導き出し日本チームに伝授した。米国選手などはバトンタッチを全く練習せず当日ぶっつけ本番で臨むらしく、結構つけいる隙があるのだそうだ。体格や運動能力で劣る日本選手であるが、頭を使うことで世界的な成績に結びついたわけだ。

スポーツの要素に「心・技・体」があるが、本書は主として「体」の要素を取り上げる。形式としては、深代先生のご専門のバイオメカニクスの基本項目が、簡単なクイズと共に二ページほどでテンポ良く解説される。スポーツの力学的側面から出発し、最後にはモーションキャプチャーなどのバイオメカニクスの最先端の話題に至る。全くの初心者でも読み進めていくことでバイオニクスの自然な理解に至る良入門書である。

この本の驚くべき点は、至る所に力学の計算式が出てくることである。第1章のいきなり冒頭から、「SI単位系」やら「スカラー・ベクトル」が登場する。最後の付録には「微分・積分」の項目があり、一瞬力学の教科書かと見紛う。実際のところ、物理の先生はこの教科書を使って講義をしても良いと思う。今一つ実感に乏しい「玉の運動」などより、よほど学生の興味を喚起できるのではないか。例えば、力積と運動量の関係から野球のバントやサッカーのトラッピングなどを考えると楽しいし、回転の運動エネルギーからフィギュアスケートのスピンのしくみが理解できたりするのも驚きだ。何より力学を体感的に理解できる。

「私は文系だから数式はちょっと……」と言う人でも心配はご無用。分からないところは読み飛ばし、実感できる箇所を読んでみればよい。それでも、いろいろ目から鱗の発見をすることが出来る。例えば、野球でカーブを投げる場合、プロ投手は前腕を通常考えられている「回外」ではなく「回内」させて横回転を与えているとか、シャウトすると最大筋力が出やすいとか、いろいろ面白いことが書いてある。また、短距離走でスピードを上げるためには腿上げは意味が無く、股関節の回転が決定的であり、鍛える場所もそれによって変わってくるそうだ。

 最近南アフリカ・ワールドカップで話題になった「無回転フリーキック」に関する記述もある。他にもスポーツで強くなるための秘訣のようなことがてんこ盛りである。このように御利益も大きいと言うことで、帯にはハンマー投げ金メダリストの室伏広治が「この本で記録が伸びますよ」という推薦文を書いている。本当は写真も出したかったそうだが、内部はともかく帯のところは室伏選手の代理店が許可しなかったそうである。

ところで、本書には、日本古来の身体技法に関する表現、たとえば「しぼる」とか「腰を入れる」などが出てくる。これらは、解剖学の知見がなかった時代に、効率的な筋肉の使い方をわかりやすく伝授するために捻出された表現であるらしい。日本人は感覚に優れ、なんでも感覚的に「極めてしまう」性分を持つと個人的に感じている。ただし、これが行き過ぎて根性論・精神論に偏りがちになるのが難点である。

そのような「武道的」素地に加えて、バイオメカニクスによる西欧的合理性を導入することは、精神性と合理性の統合という点で重要であろう。例えば、室伏選手がハンマー投げで日本記録84.86mを出したときの遠心力を計算すると、3,392N(346kgw)となり、これを支える背筋力の鍛錬がどうしても必要だと分かる。このような合理的な解析を積極的に取り込むことが、わが国スポーツの一層の強化に大変重要であると感じた次第である。本書は、スポーツ競技に関わる学生・コーチなどに、是非読んでもらいたいと思う。〈東京大学出版会、2520円〉

(生命環境科学系/生物)

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