HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報532号(2010年10月 6日)

教養学部報

第532号 外部公開

〈時に沿って〉初心にかえる

新井宗仁

駒場で学生時代を過ごしたのは随分昔のことですが、毎朝ここに着くたび色々思い出されます。当時の仲間たちの活気あふれる笑顔が学生の表情の中に重なって見えることもあります。

私は理科Ⅰ類の学生でしたが文系科目の講義が好きでした。教養学部では様々な分野の講義を聴くことができ楽しかったです。また、オムニバス形式の授業も好きでした。毎回違う先生が出てきて、教科書には載っていない最新の知見を熱く面白そうに語ります。通説をくつがえす新しい理論を提唱する先生方はとても魅力的でした。あの頃、このような先生方に淡い憧れのようなものを抱き、自分の好きなことを続けて行けたらどんなに楽しいだろうと思ったものです。

進振りまでの一年半は、クラスの皆が和気藹々として楽しかったですが、進路が決まってクラス替えになり、少しさみしい気持ちになりました。今から思うと、自分が選択した道を一歩踏み出したことに対する不安もあったのでしょう。本郷に移ったあと、優秀な仲間たちの中で気後れをし、本当にこの道で良かったのかと悩み、迷うこともありました。しかし、仲間たちが発する熱意やパワーに少しずつ感化されていきました。学部三年にして大学院生並みの人もおり、超人たちを目の当たりにして驚きの連続でした。想像を遥かにこえるほど卓越した人たちと出会ったときの感動はずっと心に残っています。今年四月に駒場に赴任し、著名な先生方を間近に拝見して、このときと同じ気持ちを感じています。

研究の世界に魅力を感じて大学院に進学しましたが、研究室選びには悩みました。どの分野も面白そうでした。しかし自分の気持ちに素直になり、何に興味を持っているのかを考えてみたら、選択肢は限られていました。自分を惹きつける何かが遠くにうっすらと光り輝いて見える限りは、流行や人気などに惑わされず、行けるところまでその道を進んでみようと思いました。生物物理学の研究室を選びました。その後、実験に明け暮れている間に助手になり、研究所に移り、研究留学をし、再び駒場に戻ってきました。

生物物理学とは、物理の視点や技術で生命現象を研究する学問であり、物理学、生物学のみでなく、化学、数学、情報学、薬学、医学などと密接に関係した境界領域です。境界領域の中にこそ新しい「創造」があると考えています。

生物は蛋白質などの物質でできていますが、それらの構造形成と機能発現は遺伝暗号という情報の中にプログラムされています。つまり、生命科学とは物質科学とプログラム科学の境界領域であり、これら両面から研究することによって初めて生命現象の謎が解けることになります。教養学部基礎科学科は学際的であり、このような研究に最適な環境です。

教員として、日本の将来を担う学生たちを教育することの責任はとても重大ですが、やりがいのある仕事と感じています。しかし、学生時代に印象深く聴いた講義のように魅力的な授業を、果たして私にできるのだろうかと自問の繰り返しです。駒場に戻ったいま、初心にかえるとともに、今の気持ちを新たな初心として、行けるところまでこの道を進んでみようと思っています。

(生命環境科学系/相関自然)

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