HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報536号(2011年2月 2日)

教養学部報

第536号 外部公開

二〇年を振り返って

村田純一

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科哲研究室の仲間とともに
縁あって、定年前に他大学へ移ることになった。わたしが教員として駒場の地に赴任してからちょうど二〇年である。機会を与えられたので、駒場で過ごした二〇年をほんの少し振り返ってみたい。

世紀をまたいでのこの二〇年は、世間では、冷戦後の体制、グローバル化、はたまた「失われた二〇年」など、さまざまな言葉で修飾されている。こうした言葉で表現される世界規模での大きな変化は、駒場での活動にもさまざまな仕方で影を落としてきた。

ちょうど二〇年前、大学設置基準の大綱化と呼ばれる措置が決定され、全国の大学では、それまでの一般教育と専門教育という分け方を根本的に変更する教育プログラムの改革が始まった。駒場でも、前期教育のカリキュラム改革をはじめとして、その後、大学院重点化、後期課程改革、さらには国立大学法人化という具合に、「改革」といった言葉を聞かないときはない状況が生まれることになった。大学の先生は忙しい、という言葉があまり疑念をいだかれずに使われるようになったのもこのころからではないかと思う。わたしは科学史・科学哲学研究室という小さな所帯に属していたこともあり、こうした改革すべてを身近で経験することになった。しかしここではこれら改革の生臭い話とは少し距離をとって二点ほど書いておくことにしたい。

ひとつはわたしの専門である哲学分野での研究環境の変化についてである。わたしは二〇年前に、同僚の故門脇俊介さんと一緒に日米現象学会議を新たに開始するためにはじめてアメリカにわたった。当時はまだ特別の場合を除いて、科研費など通常の公的資金を使っての海外出張は認められていなかったので、自費を使っての「海外研修」という名目での出張であった。

当時は、少なくとも哲学のような人文系の分野では、海外での学会に出席することは、「特別の」「例外的な」研究活動とみなされており、公的資金を使うには、特別にそのための資金を例えば文部省に申請し、認めてもらわねばならなかったのである。それに比較して、最近の状況はどうだろうか。現在では、人文系の分野に属する大学院生であっても、さまざまな公的資金を使って海外での学会で発表することはもはや珍しいことではなくなった。この事情は日本だけのことではない。例えば、二年ほど前にソウルで開かれた世界哲学会議では、各国から集まった大学院生など若手研究者を中心としたセッションが数多く設けられていた。

 このように、哲学のような分野でも、大学院生をはじめとする若手の研究者はグローバル化の恩恵を受けながら、同時に、国際的な競争にさらされていくことにもなる。もちろんこうした動きを単純に歓迎するわけにはいかない事情もあるだろうが、しかし、わたしとしては、若い研究者たちがこの流れを積極的に利用し、海外の多くの仲間と、たんに情報を交換するだけではなく、真摯に議論し合い、そして友情をはぐくんでくれることを期待したい。

とりわけ、最近、日本が隣国との間で、グローバル化とは裏腹に見える問題でさまざまな軋轢を経験している状況を見るにつけて、若い方々には国際的な場でも活躍できる真の意味での「人間力」を身につけてほしいと願わずにはいられない。

第二の話題は、ずいぶん話が飛ぶと思われるかもしれないが、「駒場寮問題」である。

皆さんは、現在、図書館とコミュニケーションプラザの建物に囲まれた小奇麗な広場の奥に、アーチ形をした建築物の一部が展示されているのをご存じだろうか。案内板に記されているように、これは以前建っていた駒場寮外壁の一部である。今では、ここに一高時代から続いた駒場寮が建っていたことを思い出す機会もほとんどなくなっているようなので、あえてここにそのことを書いておきたい。

教養学部は、一九九一年一〇月九日に臨時教授会を開いて、それまであった三鷹寮と駒場寮を廃寮し、千人規模の三鷹国際学生宿舎を建設することを骨子とした将来構想を承認した。教養学部で臨時教授会が開かれたのはこの二〇年間にこの時限りであり、この教授会決定は大変重要なものであった。しかし赴任したてのわたしにはその重要さはほとんど理解できず、その重みを身をもって経験するのはそのあとであった。

その後、多数の方々の大変な努力によって、駒場寮跡地は学内外の人々の集う開かれた公共空間として再生しつつある。しかしながら二〇年前の教授会で承認された構想の肝心な点、つまり、千人規模の宿舎を建設することはいまだ実現していない。三鷹には六〇〇人規模の第一期の宿舎は建ったが、その後ストップしているからである。駒場を去るにあたり、無責任のようだが、二〇年前の学部の「約束」がいまだ果たされていないことを心残りのこととして記すことをお許しいただきたい。

在任期間中、教職員の皆さん、そして学生の方々には本当にお世話になりました。ありがとうございました。

(相関基礎科学系/哲学・科学史)

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