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最終更新日:2019.04.12

教養学部報

第537号 外部公開

〈時に沿って〉駒場への回帰

福井尚志

ほぼ三〇年ぶりの駒場は、一見何も変わっていないように見えた。駅を降りて見える正門と一号館、門を入って左手の九〇〇番教室と右手の博物館は私の記憶にある駒場とほとんど違わない。しかし正門から右手に回るにつれ、駒場は実は大きく変化していたことがすぐに分かった。昔たむろした駒場寮はモダーンな建物と開放的な空間に生まれ変わり、一号館の背後にある教室や研究室も一部は背の高いビルに変わっている。しかしその中にあって銀杏並木やグランド、野球場やラグビー場はやはり昔と変わらずに残っていた。

一方、赴任の翌日に歩いた駒場の街は昔の面影などみじんもなく、時の流れを痛感させられた。昔住んでいた駒場一丁目のアパートは跡形もなくて、跡地には立体駐車場と白いマンションが建ち、その周囲には見知った家や商店はもう一つもなかった。時間の流れをそのまま反映した駒場の街と変化を受け入れつつも基本的な骨格をそのまま残す駒場のキャンパスを見比べて、少し飛躍かもしれないが、この変化の違いが学問と社会一般の差を象徴しているように私には思えた。

学問は新しい手法や着想を常に取り入れつつ新しい事実を模索するが、それは既存の知識をベースにした系統だったもので、決して野放図・無秩序な変化ではない。世間はしかしそういった伝統や秩序にこだわることが少なくもっと自由に大きく変化する。三〇年や百年が経過して社会は大きく変わっても学問的な真実は変わらず残っていることもあり、それをベースに新しい知見が組み上げられていく。駒場の基盤が時の流れの中で変わらず残っていることは、どこか学問に通じるものがあるのかもしれない。こんなことを漠然と思いつつ、私は二度目の駒場生活を始めた。

脱線をお詫びして、本題に戻る。私は昭和六一年に医学部を卒業して整形外科医となった。整形外科を選択した一番の理由は身体の機能を再建する外科であるという科の特徴に魅力を感じたからであったが、自分が駒場の二年生の時に部活で肩を怪我し、治療を受ける中で整形外科を身近に感じるようになったことも大きな理由であった。この意味で駒場は私の進路を決めたことになる。こういった経緯があったので、研修を終えて専門分野を選ぶ際、私は迷わず関節外科とスポーツ整形外科を選択した。関節外科とくに膝関節の外科はスポーツ整形と密接に関連した分野である。

その後に臨床医として診断と治療を行っていく中で外傷や障害の背景にある生物学的な現象に興味を持つようになり、臨床の仕事と並行して基礎研究を始めた。当初はスポーツの怪我でよく経験される靱帯の損傷や修復について調べたが、やがて関節外科の分野において患者さんの数が非常に多いにもかかわらず病気のおこるメカニズムがほとんど分かっていない変形性関節症を研究のテーマとするようになり、駒場に赴任するまで十年以上、この病気に関する基礎的および臨床的な研究に従事してきた。

変形性関節症は高齢者に多い病気であるため今までは年配の患者さんと接することが多かったが、駒場では対照的に10代から20代の学生諸君と運動をキーワードに接することになる。戸惑いもあるが新鮮さもある。駒場への赴任は私にとって場所の回帰だけではなく、しばらく離れていたスポーツ整形外科へ、仕事の回帰でもある。

(生命環境科学系/スポーツ・身体運動)

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