HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報542号(2011年11月 2日)

教養学部報

第542号 外部公開

放射性物質を測ってみると...

小豆川勝見

542-B-1-1.jpg「放射性物質」――二〇一一年三月以降もう聞き飽きるほどメディアに登場してきた単語であろう。今更取り立ててここでお話する事ではないかもしれない。 しかし、環境中の放射性物質を定性・定量する研究分野は化学の中でも「放射化学」という決してメジャーではない分野が担当している。このため、Bq(ベク レル)やSv(シーベルト)という単位やその数字の大小は理解できても「どうやって測るのか」については、理系の前期課程の学生のみならず大学院生も含め 知られていないことが多い。

一例を示せば、131I(ヨウ素)や137Cs(セシウム)が多くの研究機関から報告されてきているのに、なぜ90Sr(ストロンチウム)の報告例が少ないのだ、何かの隠蔽ではないのかと勘ぐるご意見を頂いたことがある。131I、 137Cs、90Sr はともにベータ崩壊をする核種であるが、前者二つはベータ崩壊とほぼ同時にガンマ線を放出する。それに対して90Srは崩壊時にガンマ線を放出しない。 我々測定サイドからすれば、核種の同定や線量(時間あたりの空間線量率)を決めるのに最も便利な放射線はガンマ線である。90Srをきちんと定量しようと思えば、前処理だけで数日を要し、その後に初めてベータ線の測定を行うことができる。

そのため、90Srはガンマ線を放出する核種のように簡単に分析が行える核種ではない。ましてや超ウラン元素(239+240Puなど)は分析の手間もさることながら、それ以上に法規制のハードルも高い。このような理由で崩壊時にガンマ線を放出する核種ばかりが報道等で目に付くのである。しかし、手間がかかる、面倒だからという理由で90Srや超ウラン元素の定量を等閑にするわけにはいかない。研究者間で必死の努力が続いている現状である。

福島第一原子力発電所事故から約一月後の四月上旬、私は環境試料のサンプリングのために現地に向かった。複数の線量計を用意したのであるが、正門前付近 ではどの線量計も100μSv/hの空間線量を示した。普段、原子炉の炉室内で実験を行う我々でもこのような値を見たのは初めてである。また、正門前の松 の葉をサンプリングし後日測定したところ、約60MBq/kgの線量(時間あたりの空間線量率)を持っていた。このような値が環境中で観測されたことに私 は大変大きな衝撃を覚えた。これまでに、大熊町、富岡町、南相馬市、飯舘村、伊達市などでも環境試料のサンプリングを行い、核種別の線量の測定を行ってい るが、多くの地点で0.1MBg/kg以上の高線量を確認している。

さらに、一般の方からのご協力で福島県から長野県、静岡県にいたる広範囲で土壌試料を採取・郵送して頂き、現在これらの試料に含まれる核種について鋭意 分析を進めている。(一部の核種については下記のウェブサイトで公表しているので、ご参照頂ければ幸いである。http://user.ecc.u- tokyo.ac.jp/~cshozu)

さて、核種の飛散についての研究を進める上で頭を悩ませているのが、福島第一原子力発電所から遠く離れているにもかかわらず線量の高い地域、いわゆる ホットスポットである。このホットスポット、ただ単純に線量が高いというだけではなく、時間の経過とともにホットスポット内にフォールアウトした核種が雨 水や風雨によって集積、濃集してさらに高い線量(空間線量率)を持つ場所が生じているのである。

一例を挙げれば、茨城県守谷市内のとある建物の雨樋直下の土壌からは0.2MBq/kgの137Csを定量している。雨水で放射性物質が移動することはホットスポットに限ったことではないが、元々フォールアウトした放射性物質の絶対量が多いと、濃集時の線量は異常な値を示してしまう。局所的な濃集地点の線量ではあるものの、0.2MBq/kg(137Cs)という値は飯舘村で最も高い線量を確認した地点(平地・非濃集)を越えてしまう値である。原発周辺の除染作業は今後計画が進んでいくと予想されるが、原発から遠く離れた場所にあるホットスポットでも除染の必要性の根拠となる情報を発信していきたい。

放射性物質の関心に伴って、多くの一般の方が線量計を入手し、気になる点を測定し、その値を報告している様子が個人のウェブサイト上で多く見かけられ る。このような値が新たなホットスポットを探す我々にとって大変貴重な情報になることも多いのであるが、「今日は0.1μSv/hだから安全(または危 険)」という主張も併せてなされることもままある。実はこの主張には意味がない。本来、安全か危険かの判断には核種の同定が必須である。

可搬型の線量計で表示される値は核種別に実効線量を求めた値ではなく、存在する核種が一種類である(多くの場合137Cs)と仮 定して求められている。実効線量は核種別に全く異なるものであり、核種を正確に定量するためには、現状では高純度Ge半導体検出器を使うほかない。線量計 の値はその場の相対変化を確認するために重要なのである。このあたりの詳細については、「放射線を科学的に考える」と銘打った主題科目テーマ講義内(金曜 五限)の担当回で詳しく説明する予定である。

最後に我らが駒場キャンパス内の線量にも触れてみよう。敷地内の攪乱のない表層土壌を採取し測定した結果、137Csで324-335Bq/kg という値を得た。この他に134Csがほぼ同量で定量された。ここで示された核種は福島第一原子力発電所由来であることに間違いないが、読者のみなさんは この値をどのようにとらえるであろうか。「放射線を科学的に考える」を未受講の方はぜひ今からでも飛び入り参加して頂きたい。

(広域システム科学系/化学)

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