HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報542号(2011年11月 2日)

教養学部報

第542号 外部公開

〈時に沿って〉 新しい場所で

石井志保子

この四月に数理科学研究科の教授として赴任しました。三月まで在籍していた東京工業大学には実に二 〇年以上の勤務でした。国内外の先進的な研究機関を見るといずれも流動性が高く、第一線の研究者が比較的短期間で活躍場所を変えていることが目につきま す。それを思うと一カ所に二〇年以上というのはいかにも長いです。今回の移動のチャンスを頂いたとき、周囲に「今さら……」という考え方もありましたが、 場所を変えてチャレンジする精神は持ち続けていたいと思い、異動に踏み切りました。

駒場に来てみると、色々なことが新鮮に目に映りました。東京工業大学は理工系の大学で男子学生が圧倒的に多かったのですが、駒場では女子学生も多く見か けます。また、当然のことながら、文系の学生も多くいるわけで、多様な価値観が交叉する場であるという事実も、なにか不思議なものを見るような気がしまし た。

最初の学期は、これもチャレンジと思い、文系の線形代数の担当をしました。毎回、答えに窮するようなとんでもない質問が飛んで来るのかと、半ば恐れ、半ば期待していたのですが、答えられない質問は出ず、授業中の雰囲気は工学部とさして変わらないもので少し安心しました。

思えば日本の中で文系の学生と理系の学生の気質の違いは、日本の数学の学生と欧米の数学の学生の違いよりもはるかに小さいようです。スペインとドイツで の講義の経験では、板書で書き間違いをするとすぐに質問が飛んでくるし、「これはどうなるでしょう」という問いかけをすると、間違っている答を堂々と答え たりします。日本では文系でも理系でも、教員に対する思いやりか、書き間違いについて指摘されることはあまりありません。学生個人が自分のノートで修正し ているものと思われます。教師からの問いかけについても、指名されなければ答えません。

でも講義をする立場からすると、間違いの指摘でも良いから学生から反応があるということはとても嬉しいことなのです。良い質問があればもっと嬉しいで す。研究集会でも、講演者に対して質問がどんどん出て活発な議論が起こればそれは良い講演ということになります。座長は質問が出るように雰囲気に配慮し、 そして誰も質問しない場合のために自ら質問を、講演を聴きながら準備しているくらいです。

駒場での私の講義の目標のひとつは、質問が出易い雰囲気を作って活発な授業をするということです。大学の先生は教えるプロではありません。予備校のカリ スマ教師のような巧みな授業はできませんが、研究の第一線で産みの苦しみを味わってきている研究者です。好奇心を持って質問してくれる学生の皆さんにいつ でも心を開き、研究から得られた経験を分かち合う用意があるのです。

(数理)

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