HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報547号(2012年5月 2日)

教養学部報

第547号 外部公開

〈時に沿って〉 変わらない現実と生活変化

関谷雄一

平成二十三年十月一日付で、大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム・准教授として着任しました。専門はアフリカの農村開発と文化人類学です。

十六年前の平成八年八月三十日、今は破産しているエール・アフリック航空の小さな旅客機で降り立ったニジェール共和国のディオリ・ハマニ国際空港の滑走路にはヤギが二頭走っていました。私は青年海外協力隊員として、同国の砂漠化防止緑化推進事業に配属されたのでした。空港の入国管理官は、私が持参したアップル社製の最新型パワー・ブックがえらく気に入り、矯めつ眇めつ、それが何をするものなのかをしきりに聞いてきたので困りました。取り上げるふりをされた頃には私も面倒になり、「この機械と、カバンの中の道具を使って、あなた方を助けに来たのですよ」と思わず口を滑らせました。

自らの傲慢な言葉がその後ずっと私を追い立てることになるとは思いもよりませんでした。今でもあの時の入国管理官の苦笑が頭をよぎります。

協力隊員としてニジェールの農村で木を植えたり、母親や子どもたちと粘土でかまどを作ったり、マンゴーの接ぎ木をしたりした経験は、私の考え方や生き方こそ大きく変えました。でも、肝心のニジェール共和国やその国の人々が立ち向かっている、砂漠化や貧困に代表される厳しい現実はこの十六年間ほとんど変わっていません。

それでも、断続的に調査で訪れる農村の様子は少しずつ変化していて、村に電気が入ったり、私と一緒に遊んでいた子どもたちが成人して結婚し、その子どもをあやしていたりするのを見ると、時の流れを感じます。村人が携帯電話で時々、日本にいる私に近況を伝えてくる様子は、十六年前は誰が予想できたでしょうか。

厳しい現実は変わらないが、生活事情は変化している、という言い方は矛盾して聞こえるかもしれません。生活が変化しているのに、現実は変わらないとはどういうこと、という疑問も出てくるはずです。でも私はそこに二十一世紀を迎えたアフリカ農村の人たちの複雑な生活の奥行きを見出すのです。

村人と暮らしていて感じたのは、貧しさではなくて生き生きとした生活感あふれる人間社会の豊かさでした。食べるものはない、と言いながらきちんと客人をもてなす用意ができてしまったり、お金がない、と言いつつベッドの下から札束がのぞいたりする。彼らは一体、貧しいのか豊かなのか、判断しかねたものです。

私たち研究者仲間が調べた限りで少なくとも判明しているのは、農村の人々の収入源が多様化しているということです。講のような互助システム、出稼ぎや家畜転がし、そしてマイクロクレジット等々。手を変え品を変え、懸命に生計を立てる人々の収支のポートフォリオは実に見事です。

東日本大震災後、経済的に困難な状況にある日本社会にあって、アフリカ農村の生活様式から学ぶべきことはたくさんあると思います。そうした彼我の学びにつながる発見を目指して研究をしております。

(超域文化科学専攻/文化人類)
 

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