HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報549号(2012年7月 4日)

教養学部報

第549号 外部公開

日独共同大学院とシンポジウム「ポスト3.11の日独市民社会」

梶谷真司

549-B-1-3.jpg二〇一二年三月九日(金)から一三日(火)、日独共同大学院プログラムの春季共同セミナーが開催された。教員・スタッフ・学生合わせて、ドイツからは一三人、日本からは一八人が参加した。

これはドイツのハレ大学との間で二〇〇七年九月に始まった五年間のプログラムで、毎年秋にドイツで、春に日本で一回ずつ共同セミナーを行ってきた。今回は日本での最後のセミナーとなるが、実は昨年も同時期に開催したため、日程半ばで大震災に見舞われ、セミナーは中断。ドイツからの参加者は混乱と不安の中で帰国せざるをえなかった。

それだけに一年後、東京で再会できたのは、日独双方の参加者にとって言葉では表現できない感慨があったにちがいない。またプログラムのハレ大学側の代表で、この間に副学長になられたフォリアンティ・ヨスト先生が、多忙な中で来日して下さったのは、誠に有難いことであった。セミナーの中身もこうした経緯にふさわしく、きわめて有意義なものになった。以下その報告をする。

まず学生の研究報告であるが、東大から六人、ハレ大から一人、分野も歴史から文学、思想に至るまで多彩であった。教員によるモジュール(教員が導入説明をし、その後配布資料を使ってグループワーク、発表・討論をする)は、大阪大学の川喜田敦子氏、中央大学の井関正久氏、私の三人で担当し、それぞれ「歴史教育」、「社会運動」、「教養」をテーマに行った。学生報告でもモジュールでも、日本の学生たちはドイツ語で発表・議論を行った。それはドイツ側の参加者がみな感嘆するほどで、学生のこのような成長は、本プログラム最大の成果だろう。

こうした通常のセミナーの活動に加え、この時期一年前の大震災と向き合うことは、東京大学としても不可欠であったが、市民社会をテーマとする日独共同のセミナーにとっても必須の課題だった。

その関連でNHK放送文化研究所の七沢潔氏に来ていただいた。七沢氏は、チェルノブイリ以来、原発事故の取材と報道を長年にわたって携わってきて、多数のドキュメンタリーを制作してきた方で、その経験を踏まえての福島原発に関わる実情と報道の在り方について、多くの興味深い話を伺った。

そしてまさに三月一一日、東日本大震災の日に「ポスト三・一一の日独市民社会」と題するシンポジウムを行った。総合司会は、この大学院プログラム全体を統括するDESKの所長・石田勇治先生が務め、最初に長谷川壽一研究科長が挨拶をして下さった。そして総合文化研究科の山脇直司先生が趣旨説明をした後、前半の講演が始まった。

最初に内尾太一氏の提題があった。彼は総合文化の大学院生であると同時に、NPO「人間の安全保障」フォーラムの事務局長を務めている。今回の震災の支援全般、および彼の運営するNPOが行う教育支援について報告があった。内尾氏によると、NPOの活動の特色は、従来の国家政策に基づくトップダウン式ではなく、市民が主体となって社会問題の解決を目指すところにある。またボランティアそのものの在り方についての様々な問題や今後の展望は、彼のように現場にいるからこそ指摘できる貴重なものだった。

次の提題者は、本学情報学環でジャーナリズム研究をなさっている林香里教授で、韓中独米四ヵ国における原発報道比較調査結果について報告をいただいた。まずドイツの報道における原発事故の放射能被害を誇張する演出、オリエンタリズムに偏向したステレオタイプなどが指摘された。また4ヵ国の報道については、放映時間、中継場所、情報源の点で、各国に特有の偏りと重点の置き方がどう違うのか分析した結果をお話し下さった。ジャーナリズムが中立的であることの難しさを改めて痛感した。

続いてハレ大学の社会学教授、ラインホルト・ザックマン氏は、ドイツのボランティア、市民組織や運動の歴史、その社会的位置づけ、七〇年代に始まるドイツの反原発運動の展開について説明なさった。彼の講演を聞き、ドイツで今回原発全廃を決定できたのは、市民社会の歴史の厚み、成熟度の違いにあることがよく分かった。

最後に山脇直司教授が登壇。山脇氏は、これまでの日本の原発推進における政財界・電力会社の無責任さと驕り、マスコミとの共犯関係、反原発運動の排除、昨年三月一一日後の社会の混乱と変化についてお話になった。そして今後「新しい公共」、伝統的な公共を現代に適した形で再編し、地域の絆を作り出していく必要性を説かれた。だからこそ氏の提唱する公共哲学が不可欠なのである。

後半のディスカッションでは、まず元南ドイツ新聞日本特派員ゲプハルト・ヒールシャー氏が各講演についてコメントをなさった。長く日本で報道に関わってきたドイツ人だけに、公平かつ冷静な意見を述べておられた。その後は、講演者どうしの討論があり、フロアからも様々な質問が提出された。多くの議論を重ねた充実したシンポジウムであった。

この共同大学院プログラムは、今後「学際的市民社会研究」をテーマに、さらに五年間続けられることになった。教員どうしの交流、学生の教育がさらに進展し、一層の成果が出せることを期待する。

(超域文化科学専攻/ドイツ語)

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