HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報551号(2012年11月 7日)

教養学部報

第551号 外部公開

〈本の棚〉深代千之著『〈知的〉スポーツのすすめ――スキルアップのサイエンス』

木村秀雄

551-C-4-1.jpgスポーツは知的なものだ。もっと広げて、体を使うことは知的な作業だと言い換えてもよい。これと同じことは、大学生の時に合気道を始め、卒業後も細々と稽古を続け、いま出身の運動会合気道部の部長を務める私が、日頃から強く主張していることである。武道の心得や秘技については、古来数多くの名人・達人が数々の書を残していて、読んでなるほどと思うことも多い。しかし、自ら習得した体の使い方を、その境地に達していない人に対して言葉をもって説明することは極めて困難で、名人の書を読んでも何を言っているのか不明であったり、本当にそうなのかと疑問を持ったりすることも多かった。

具体的でしっくりくるのは、宮本武蔵の『五輪書』ぐらいしかなかった。直接武道について述べているわけではないとはいえ、深代さんのこの本に記されていることは、私の考えることにとてもフィットして、心の中にすっと入り込んできた。

序章「巧みさ・スキルを育む」に続く第一部は「走る」「飛ぶ」「投げる」「打つ」という四つの章からなっていて、この四つの動きについて具体的に解析されている。ここに紹介されているドリルを見ているだけで、ウサイン・ボルトのように走り、カール・ルイスのように跳び、ノーマン・ライアンのように投げ、イチローのように打てる気になる。深代さん、ひとをのせるのがうまい。

そして第二部では、その考察をもっと深め、「脳」「骨格筋」「動きの品質」について詳細に論じている。ここではおもしろい話が次々に出てくる。例えば、マラソン選手はトレーニングによって「遅筋線維」を大きくするのではなく、「速筋線維」を萎縮させているのだ、という話などである。その中で、私の合気道の経験からもっとも深く共感したのは、「様々な動作で拮抗筋をリラックスさせて主働筋だけを効果的にタイミングよく働かせるという、合理的な身体の使い方ができれば、実際に大きな外力が発揮されてパフォーマンスが高くても筋感覚は低いということになるはずなのです。」というくだりである。まさにこれが、合気道をとおして私が求めているものである。

この本の中で、駒場を定年退職された大築立志さんがまとめたスポーツの運動学習についての七つの原理が紹介されている。

それは、
 一、とにかく繰り返そう(反復)、
 二、練習の目的を考えよう(目的意識)、
 三、時には休みも必要(レミニッセンス)、
 四、うまくいったら続けよう(オーバーラーニング)、
 五、練習していないときもイメージづくり(イメージ練習)、
 六、よい動作は応用してみよう(転移)、
 七、結果をよく見て直していこう(フィードバック)、
の七つである。

これはスポーツの運動学習に限って述べられていることだが、私が前期課程で担当しているスペイン語の学習にも、後期課程と大学院で担当している人類学の修行にも、昔参加した青年海外協力隊の現地への適応にも、みんなあてはまることである。学習の基本は同じなのだろう。

スポーツ選手が時々「俺たち脳も筋肉ですから」などと言うのは、自分を卑下してみせて笑いをとろうとしているのだろうが、知的でない選手が一流になれるわけはない。言語を使えるというのは、ただベラベラ喋ることと同じではない。言語の習得はもっと知的な作業である。人文・社会・自然科学の研究はもちろんである。大学で我々が携わっているのは、すべて知的な作業である。深代さんが仲間であることを再び強く確認することができて、とても嬉しい。〈東京大学出版会、二五二〇円〉

(超域文化科学専攻/「人間の安全保障」プログラム/スペイン語)

 

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