HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報554号(2013年2月 6日)

教養学部報

第554号 外部公開

〈時に沿って〉分子を建てる

小島達央

昨年四月に総合文化研究科、広域科学専攻相関基礎科学系の助教に着任しました。普段は平岡秀一教授の研究室で、教授や大学院生達と一緒に研究活動をしつつ、基礎化学実験を担当しています。

久々に駒場に来てみると、新生協や理想の教育棟など、洗練された建物が建ち並んでいるのに驚いた。私が七年前に本郷の理学部化学科に進学する頃にちょうど、図書館の前に工事柵が立ち始め、大掛かりな工事が始まろうとしていたような記憶がある。また建物と同じく、若い学生達も自分の教養学部時代と比べると、垢抜けた印象の人がかなり多くなったようだ。

私の研究活動の一端を象徴する表現として、「分子の建築家」がある。”業界”では最近よく耳にする表現で、完全に受け売りなのだが、言い得て妙な言葉である。ある目的に応じて、分子を設計し、合成し、活用する。きちんと完成させるには、素材(試薬)の特性、適切な工法(反応)、中間体や完成物の性質についての洞察が不可欠である。この分子を建てる営みの中では、ターゲット構造とその工法を設計している段階が、私にとっては一番刺激的かもしれない。

あれこれ想いを巡らせながら、分子の構造式の群れと戯れている時間は、夢が詰まった楽しい時間だ。実際に合成を始めると、建物を建てる場合とは異なり、さまざまな障害によって工事が何度も中断してしまうことがほとんどなので、悪戦苦闘する日々が続く。そして何とか完成に漕ぎ着けられれば、共同研究者達とささやかな竣工式を挙げられる。学生時代、そして現在と、有機化学を軸とするさまざまな研究に挑戦している。研究によっては、分子を建てるというステップは必ずしも主目的ではないが、自分が手を染めてきた研究では必ず主要な部分を占めている。これからもそのような研究を通して、分子の一級建築士を目指していきたい。

また建築と同様、どのような分子に美を感じるかは人それぞれだ。この嗜好は、各研究者の個性が反映される興味深いトピックである。美は必ずしもその機能性と切り離して語れるものではないかもしれないが、できる限り機能性の観点を排除したつもりの視点から私自身の好みを述べると、派手で賑やかなデザインが好きなこともあり、例えば多数の元素が含まれている分子や、周囲にいろいろな飾りの付いたベンゼン環にはかなり胸が躍る。ただ最近、やっと少しだけ大人になったのか、むしろ非常にシンプルな分子構造の魅力にも気づき始めた。また、対称性の高い分子は魅力的に映ることが多いが、何らかの理由で一部対称性が崩れていると、その「ハズし」に愛着を感じることも多くなった。

最近も駒場において、新しい建物の工事がどんどん進行しているようだ。駒場に近い将来お目見えする新しい建物、そして古くからそびえ立つ歴史ある建物に匹敵するような、立派な分子を自分もこのキャンパスで建てていきたいものである。

(相関基礎科学系/化学)

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