HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報554号(2013年2月 6日)

教養学部報

第554号 外部公開

野口潤次郎先生を送る

平地健吾

野口先生との出会いはふたむかし半もまえの事です。京都大学数理解析研究所で開催された複素解析の国際会議だったように思います。私は修士課程の学生で、初めて国際会議というものを覗きにいきました。外国人講演の座長として、極めて明快な日本風の英語で堂々と質疑をされている大きくて若い人という印象が残っています。 その後の記憶の多くも国際会議や海外での研究プロジェクトの場面です。十八年前にはバークレーの研究所で毎週末テニスをご一緒させて頂いたことも思い出されます。

野口先生は日本の数学研究の国際化に大きく貢献されました。私がその恩恵を受けた最初の世代です。数学は基本的には一人で考えるものですが、やはり研究の中途段階で専門家が集まり議論をすることが非常に大切です。残念ながら日本国内に最先端の結果について話し合える人がいることは稀で、欧米に比べて孤立しているという状況がありました。気軽に世界の第一線の数学者と話ができる場所を提供することを目標として、一九九五年に「葉山シンポジウム」が始まりました。

野口先生が日本数学会のプロジェクトに応募したのが切っ掛けですが(科研費がまだ海外からの招聘に使えない時代だったので)資金は大幅に不足しており、先生は万国博覧会記念基金を初めとする民間からの援助集めに奔走し二週間の国際会議を無事成功させました。この会議の参加者はその後も定期的に来日するようになり、日本が世界の研究の輪に加わった実感がありました。

葉山シンポジウムはその後、ほぼ毎年開催され今年で一五回目を迎えました。第一二回の葉山シンポジウムでは野口先生の還暦をお祝いできたのが大きな喜びでした。会議最終夜のパーティでは毎回、野口先生にスピーチをお願いしていますが、いつも変わらず堂々とした日本風の英語でお話されるのを、とても心地良く拝聴させて頂いています。海外での研究経験が長く、その後も頻繁に海外を飛び回っているのに、今でも英語だけは頑なに日本風というところが不思議なところです。

一九九九年に東京大学に着任されてからは毎週月曜日の午前中に「複素解析幾何セミナー」を主催されました。お聞きするところでは、前任地の東工大でもセミナーは月曜朝と決めていて二十五年間続けているそうです。確かに月曜朝から会議はないので人を集めるには最適な時間ですが、夜型が多い数学者の世界では他に例を見ません。セミナーの後は歓談しつつ昼食をとり、午後の仕事に入ります。この勤勉さが野口先生の着実な論文完成のペースや数々の本の執筆に繋がることがわかります。私も昼食まではご一緒するのですが、その後の仕事はなぜか遅々として進みません。

今春の定年で、野口先生は駒場の責務から解放されますが、月曜朝のセミナーには引き続き参加して頂けると思います。既に海外での共同研究の計画も進んでいて、大変忙しそうです。今後のご健康と、ご活躍の継続をお祈りしています。

(数理)

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