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最終更新日:2017.06.23

教養学部報

第556号 外部公開

社会のリデザイン――フランスの「万人のための結婚」をめぐる議論

原和之

フランスでは昨年から、同性間の結婚を可能にする法改正案が大きな議論を巻き起こしている。所謂「万人のための結婚 mariage pour tous」の問題である。

もともとフランスでは、長いあいだ結婚・離婚の手続きが面倒であったこと、一九六八年以降の制度改革で結婚と事実婚の格差が縮まったことなどから結婚するカップルは減少しており、二〇一一年のINSEEの報告『家族・住居に関する調査』によればカップルとして生活している者のうち結婚している者は七三%強にとどまるとされている。さらに、同性のカップルに法的なステータスを与えうる枠組みとしては、一九九九年に創設されたPACS(民事連帯契約)が既に存在し、二〇〇四年以降税制上の優遇などの拡充が行われた結果、利用が急速に広がっているということもある(全体の四・三%)。こうした結婚の相対的な地位低下、同性カップルの法的枠組の整備という文脈で、いま「万人のための結婚」が浮上してきたというのは何故なのか。もちろん直接的な背景としては、同性婚の解禁を公約に掲げたフランソワ・オランド氏が、昨年二〇一二年に大統領に当選し就任したということがあるわけだが、それがそもそも公約たりえたという点についての疑問は残る。そもそもPACSでは足りなかったのだろうか。そしてその不十分さを、「結婚」という制度はどのように解消することができるというのだろうか。

報道を見る限り、同性のカップルが「カップルとして」子供を持つことができるようになるということが、今回の法改正の主要な争点の一つになっているようだ。見方によっては、これはさして大きな変化というわけではない。一九六六年に単身者による養子縁組が法的に認められ、法律には養父母の性的傾向についての規定は(当然ながら)なかったために、同性カップルの一方が単独で養子をとる可能性はすでに開かれていた(じっさい二〇〇五年の研究では、フランスで同性のカップルに養育されている子供の数は――その全てが養子によるものとは限らないが――二万四千人から四万人と推計されている)。カップルによる養子縁組はこれまで結婚したカップルに限られていたが、同性間の結婚が認められれば、その可能性が同性のカップルにも開かれることになるわけだ。

今回の法改正案は、フランス社会が、これまでの(とりわけ生殖という)前提条件から離れたところで「家族」を再構想できるかどうかという、一つのチャレンジの出発点となっているように思われる。同性婚自体はヨーロッパ域内ですでに複数の国が導入しており、参照すべき先例には事欠かないし、そもそも家族のあり方自体が大きく変化してきている(社会学者のイレーヌ・テリーは、離婚・再婚の珍しくないフランスにおける家族の中心が、婚姻関係から子供をめぐる関係へとシフトしてきていると指摘していた)。今回の提案もその大きな変動のなかに位置づけることができるだろうが、見知らぬ家族の風景を前にした人々の躊躇いもまた大きい。

とりわけ子供を持ちたいという同性カップルの希望に応えようとする今回の法改正が、子供の立場に立った場合にその「利益」を害することになりはしないかという点は、さまざまな形で繰り返し検討されてきた。自然的な生殖の可能性と独立して家族を構成することができるようになることによって、生殖補助医療技術の「濫用」の、さらには子供の「商品化」の道を拓くことになるのではないか。同性の親に育てられることによって、子供の性同一性に混乱は生じないか。これらの問題の一部はこのあと予定されている家族に関する法整備のなかでさらに議論されることになると思われるが、少し考えてみれば、その多くがすでに現代の家族の多様化のなかで出会われてきた問題と何らかのかたちで繋がっていることがわかる。

私が自分の専門分野から特に注目していたのは、この問題をめぐるフランスの精神分析家たちの動向であった。精神分析には子供における性同一性の形成をめぐる議論の蓄積があるため、下院での法案審議の過程で開催された学識経験者による諮問委員会にも小児精神科医とともに精神分析家が招かれて意見を述べている。性が生物学的な所与をベースにしながらも、最終的には発達の過程で引き受けられるべきものであるとする考え方は精神分析でほぼ共通していると言えるだろうが、その引き受けがどのような条件の下で可能になるのかという点に関しては、性を異にした両親が揃って始めて「正常」な性同一性が形成されるとするごりごりの「家族主義」から、その性別に関わらず最初の愛情の対象との関係に割り込む第三者がいれば足りるとするいわば「機能主義」までさまざまな立場がありうる。実際それぞれの立場から、分析家の間でも今回の法案については賛成と反対が分かれており、激しい応酬があったりするのが興味深いのだが、もはや紙幅も尽きた。一つだけ言っておくとすれば、フランスが多くの国々に続いて引き受けようとしているこの社会のリデザインの試みの中には、セクシュアリティをはじめとするさまざまな思想的問題を問い直す機会があちこちに隠れていそうだということである。法案は既に下院を通過しており、続く上院での審議を経て、本稿が掲載されるころにはその結果が出ているはずだ。議論の展開に注目したい。

(地域文化研究専攻/フランス研究コース/フランス語・イタリア語)

 

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