HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報557号(2013年6月 5日)

教養学部報

第557号 外部公開

文科系と理科系が融合するところ

丹野義彦

心の不適応の予防と治療
いじめや自殺など世の中にはさまざまの精神病理があり、マスメディアに取りあげられない日はありません。そうした現象の背後にはどのような心理が働いているのでしょうか? 人はなぜ落ち込んだり不安になったりするようになるのでしょうか? 私の研究室では、そうした異常心理学の研究をおこなっています。日常生活でよくみられる精神病理として、不安・抑うつといったネガティブな感情とか、妄想や幻覚などを取りあげています。こうした現象は、感情と認知の一定の交互作用から生まれてくるものであり、その心理学的メカニズムを探り、予防や治療(認知行動療法)について科学的に調べています。こうした病理現象は、生物学レベル、心理学レベル、社会学レベルといったさまざまなレベルが組み合わさって生じるものであり、どれかひとつのレベルだけで解明できるものではありません。「生物・心理・社会の統合モデル」を解きほぐしていく作業が大切です。
 「異常心理学」というと、これまでは病院でのケーススタディ(個別事例の研究)が中心であり、哲学的な用語を使った難解な学問とされてきました。私の研究室では、哲学的でなく科学的な異常心理学を構築していきたいと考えています。とくに重い精神病理を持たない人を対象とした研究(アナログ研究)を大きく取り入れています。方法としては、構造化面接法や質問紙法を用いて大量のデータを取って統計的に解析したり、実験法を用いて仮説を検証する方法を用います。八〇〇〇名に達する駒場の学生や院生のメンタルヘルス向上に貢献できるような仕事を心がけています。

心はホットに文科系、頭はクールに理科系
私は統合自然科学科の認知行動科学コースに属していますが、このコースは人間を含めた動物の認知や感情の成立の仕組みを総合的に研究することを目的としており、文Ⅰから理Ⅱの人まで、いろいろなバックグラウンドを持った人がいます。私の中心となる学問は心理学ですが、心理学はもともと文科系と理科系の境界にあります。私の研究室のキャッチフレーズは、「心はホットに文科系、頭はクールに理科系」というものです。和魂洋才ふうに言うと「文魂理才」でしょうか。「心のない」学問や「頭のない」学問にはならないように心がけています。みなさんの中で、もし「文系に行こうか、理系に行こうか」と迷っている人がいたら、心理学を候補に入れてください。

心理学との出会い、心理学の面白さ
自分の将来の進路を決めるのはなかなか難しいものです。私自身もとても迷いました。私は高校までは理科系で、飛行機を作るエンジニアにでもなろうと思っていました。しかし、高校のころ、自分の性格のこととか、対人関係のこととかで、頭の中がごちゃごちゃしてきて、心の問題に興味を持つようになり、心理学に進みたいと思うようになりました。心理学は文学部や教育学部に属していますので、高三の終わり頃に、理科系から文科系に移りました。
文科Ⅲ類の時代は、文学系の友達の影響もあって、文学の同人誌を作り安部公房のような小説を書いたりしました。三年時に心理学科に進み、研究テーマを探していた時に、医学部の幻覚剤の実験に参加し、心の奥底をのぞくような体験をしました。これがきっかけで、精神病の体験と認知についての研究をして卒業論文と修士論文を書きました。博士課程はさらに精神医学を勉強するために医学部の大学院に進み、これがライフワークとなりました。その中で、青年期の精神病理に興味を持つようになり、現在の異常心理学の研究へとたどりつきました。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりしたのですが、文科系と理科系の両方の経験が生きているという実感があります。高校時代には、「数学なんて自分には何の役に立つのだろう」と疑問に思いながら数Ⅲの問題を解いたりしていましたが、数学は自然科学的な考え方の基礎となり、今ではとても役に立っています。また、駒場で小説を書いたりした経験も、青年期の心理を理解する上で非常に役に立っています。
この文章が、なかなか進路を決められない駒場生に少しでも役に立てば幸いです。

(生命環境科学系/認知行動科学コース/心理・教育学)

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