HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報558号(2013年7月 3日)

教養学部報

第558号 外部公開

私の香港研究

谷垣真理子

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2009年アラスカリユニオン、記念写真撮影に集まる一族
わたしの研究テーマは「現代香港論」です。香港といえば、グルメとショッピングですね。「いったい、何を研究しているのか?」というのが、正直な感想ではないでしょうか?

わたしは、香港の政治と社会の関係を、選挙を題材に考えています。時期は、第二次世界大戦後に日本軍政が終了してから現在までです。この間、香港は1997年に英領植民地から、中華人民共和国の特別行政区へと変わりました。

わたしが学部の学生だった時期、日本では香港の戦後の工業化についての研究と、香港の水上居民の研究がありました。ただ、わたしとしては、中国大陸とは異なる「香港的」なモノとは何か、香港の普通の人々が考えていることを扱ってみたかったのです。

「香港的」なモノを考えたきっかけは、ブルース・リーでした。わたしは『燃えよドラゴン』でブルース・リーのことをカッコイイ!! と思い、そこから、ブルース・リー本人よりも、ブルース・リーという人を生み出した香港という土地に興味を持ったのです。

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2012年立法会選挙当日の香港
修士課程は、香港の将来を決める中英交渉(1982年~84年)と重なっていましたが、中英関係という香港の「外側」よりも、香港の「内側」のことを知りたいと思いました。香港への思いが先に立ち、「香港大好き!」から始まったので、問題意識も「先行研究がない」という実にざっくりとしたものでした。その後、本学の東洋文化研究所に香港をフィールドとされ、香港の学界でも尊敬を集める田仲一成先生や濱下武志先生がおられることを知り、本当に冷や汗をかきました。

香港返還問題の進展とともに、地元香港でも香港研究が量的にも質的にも増大し、さすがに自分も何かきちんとした論文を書かなければと思い始めました。そうして取り組んだのが、1982年から始まった区議会選挙の分析です。わたしは、香港の政治動向そのものよりも、「政治砂漠」と言われた香港で、どのような人々がどのような思いで選挙に参加したのかを「政治参加する人々」に興味を持っていたようです。

1991年から、子どもが生まれた年をのぞけば、立法会(返還前は立法評議会)選挙も区議会選挙(返還前は区議会と市政評議会)選挙の際には必ず香港に行きました。香港島から九龍、新界と香港を一巡し、各地区の投票所を回り、実際の様子を観察しました。各地区には定点観測する投票所も決めてあり、四年に一回、文献では得られないデータを更新します。

この根っこにあるのは、香港の人々は政治的に無関心ではないという確信です。中華人民共和国が誕生した1949年に身一つで中国大陸から香港へと渡るという行為は、主体的に植民地という政治空間での生活を選び取るものでした。返還前の香港では政治が生活やその人の人生に直結する問題でしたので、海外への移民を考える香港の友人になかなか政治のことは聞けませんでした。わたしにとって、選挙はよそ者が無遠慮に政治のことを聞いても許してもらえた「おまつり」のような時間でした。

現在、わたしの香港研究は、返還以降の香港の変化と呼応するように、間口を広げつつあります。返還前、香港で憂慮されたのは、中央政府からの政治的介入ですが、実際には香港は返還の翌日からアジア金融危機に見舞われ、その後、景気は後退します。今や、中国大陸との経済的連携なくしては、香港の経済的繁栄のないことを政府も人々も実感しています。

新しいテーマのひとつが、新たな中国内地との関係のなかで香港を捉えなおすという作業です。香港と隣接する広東省には、人口が一千万人を超える深?と広州の二大都市があり、返還前のように香港のみが屹立する存在ではありません。しかし、中国の他の地域と比較すれば、香港の存在が広東省の発展を勢いづけています。

さらに、地域的な広がりだけでなく、今、個別の事例を深く掘り下げようとしています。1980年代の区議会選挙開始時に三〇代だった若手も、還暦を迎えつつあります。香港ではオーラルヒストリーの資料が蓄積され、回想録の出版も目立ちます。こうした新しい資料を過去の論文に活かし、これまで解き明かせなかった背景を明らかにしようとしています。

この延長線上にあるのが、友人の一族のリユニオン活動の参与観察です。リユニオンとは中国系の人々が家族単位で集まる親睦活動です。友人の一族の族譜には、六世代で千人以上の人々が名前を載せています。2009年のアラスカリユニオンは、シアトルからアラスカクルーズに出発し、115名の一族のメンバーが参加しました。華人ネットワークの一例としての、ネットワークを維持する努力としてリユニオン活動を記録しています。

最後になりますが、わたしの専門は地域文化研究で、対象地域の文脈のなかで事象を読み解く学問です。香港は物理的には小さな場所ですが、ネットワークの結節点として広がりを持ち、中国世界で外部との交流の最前線に位置してきました。地域文化研究の分野でも実に魅力的な研究対象と言えるでしょう。

(地域文化研究専攻/中国語)

 

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