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教養学部報

第559号 外部公開

世界を相手に新しい挑戦を ――ルース駐日米国大使講演――

遠藤泰生

559-B-1-2-02.jpg2013年6月10日、駒場キャンパス数理科学研究科大講義室において、ジョン・V・ルース駐日米国大使の講演会が開かれた。日本の若者、学生との対話を文化外交の要の一つと考えるルース大使は、2009年8月に日本に着任して以来、47都道府県を隈無く回り、各地の大学で講演を重ねてきた。「グローバル時代のアメリカ合衆国と日本」と題した今回の講演でも、「大きな夢を抱き、世界を相手に、新しいことに挑戦して欲しい」(Dream Big! Think Big! Try New Things!)と冒頭の20分ほどで21世紀を背負う若者への期待を述べたのち、抽選で会場への入場を許された約200名の学部学生との質疑応答に多くの時間を費やした。2011年3月震災後にTOMODACHIイニシアチブをたちあげ、長期にわたる日米間の文化的、経済的結びつきの強化に努めてきた大使の思いは、学生にしっかり届いたと言えよう。

予定を大幅に超過し、1時間以上続いた大使と学生との質疑応答は、タウンミーティング形式で行われた。昨2012年10月にスタートしたPEAKプログラムの学生たちは言うに及ばず、挙手をして質問に立った20名弱の学生全員がしっかりした英語を操ることに大使はまず驚いた様子であった。より強い日米関係を構築するには日本の若者がより明確な考えを持つことが必要であり、さらに、その考えを世界に伝える英語コミュニケーション能力を向上させることが必須だと最初に大使は述べたが、対話の途中から、「英語をもっと学ぶべきだという最初のアドヴァイスは取り下げましょう」と言って会場を和ませた。米国留学を切望しているという学生には、「しかしハーヴァード大学に留学するのは大きな間違いで、スタンフォード大学に留学するのが正しい選択です」と母校を持ち上げるユーモアを忘れずに、励ましの言葉を述べ、学生時代に外国に飛び出して見聞をひろめる意義を強調した。

559-B-1-2-01.jpg学生に留学を勧めるそうした大使の言葉のなかで強く印象に残ったのは、国外に飛び出る勇気を強調すると同時に、米国に限らず世界のさまざまの国で学ぶ重要性を説いた点であった。米国大使自身の口からそのような言葉を聞けると期待した人は率直に言って少なかったのではないであろうか。非対称の二国関係と言われて久しい日米関係を、よりグローバルな文脈に据え直す視点を学生に育てることにそれは繋がるからである。

実際、米国に留学しても日本の学生はアメリカ文化に染まって帰国するのが関の山ではないかと懐疑的な意見を述べた学生に、自文化の壁を風通し良くするきっかけとして、米国に限らず諸外国で学ぶ機会をもっと前向きに捉えなければいけないと、あらためて大使は諭した。シリコンバレーの隆盛を見つめながら弁護士としてのキャリアをスタートさせたものの、ビジネスの世界での仕事に飽きたらず、人と人との深い関わりを求めて外交の仕事にルース大使は身を転じたという。そんな大使らしい、学生の心を奮い起たせる留学の勧めであった。

かつては「世界で最も大切な二国関係」と関係者が形容することが多かった日米関係を、「世界で最も大切な二国関係の一つ」と形容し直して語った大使の言葉にも、新しい文脈での日米関係の構築を模索する姿勢がうかがわれた。なるほど、1980年代頃までの日米関係ならば、「イークォル・パートナーシップ」を目指すものでよかったかもしれない。しかし、太平洋地域へ外交の比重を高める米国の姿勢の変化と隣国中国の台頭により、日米関係は、よりひろい視野から縒りあげられねばならなくなった。グローバルに世界を構想する米国と深く付き合うには、日本もよりグローバルな自国認識を持たねばならない。「対米外交」「対アジア外交」と切り分ける外交の枠組み自体が有効か否か問われる局面も増えよう。その意味で、東アジア諸国と日本との歴史認識問題やTPPに関する問題を問うたアジアからの留学生たちに、ことのほか注意深く答えた大使の姿に、日米関係の新たなひろがりを見た気がした。

今回のような対話が今後も継続されることを期待したい。

(グローバル地域研究機構/アメリカ太平洋地域研究センター)

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