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教養学部報

第561号 外部公開

教養学部における中国語教材開発の取り組み

小野秀樹

561-C-4-1.jpg東京大学における初修外国語科目として、中国語は、例年入学者の二割五分前後に当たる履修者を迎えており、中国語関係の授業は駒場で開講されている全授業のうち約九%を占めています。教養学部中国語部会では、1990年代から中国語教育カリキュラムの構築と教材の開発作成に向けて、鋭意努力を積み重ねてきましたが、今年度(2013年度)、一年次および二年次の主要科目で使用するすべてのテキストを自主制作のもので揃えることができました。

すなわち……『現代漢語基礎 改訂版』(一列・二列→写真)、『現代漢語基礎 口語演習教材』(三列=文系演習)、『現代漢語基礎 補助教材』(理科生)、『現代漢語基礎 初級インテンシヴコース リスニング教材』、『インテンシヴ会話教材 説漢語』(以上はすべて一年次用)、そして『時代』(二年次文科生必修)の計六冊です。必修科目の全授業と、それに連動してさらなるステップアップを目指すインテンシヴクラスの授業をすべて自前のテキストを使って行なうというのは、質量ともに高い水準の語学教育プログラムを提供したいと考える中国語部会の目指して来た指針に基づくことであり、それを実践していることは他大学との比較を視野に入れても、特筆すべきことと言って良いと思います。

周知の通り、中国という国ほど、短期間で急速な変化を遂げているところは他に例を見ないでしょう。あまりにも急激な経済成長にともない、中国の社会や人々の暮らしぶりにも大きな変化が見られます。語学のテキストは、もちろんその言語をマスターするために使うものですが、同時にその言語を使う国や地域の文化・習慣・風俗が如実に反映されるという性格も有しています。そのときの社会情勢などに応じてリアルタイムに言語を習得するという点も重要なことであり、それゆえテキストにはできるだけその時代・時期の情報を取り込んで、語学の学習をしながら、同時にたとえば中国なら中国という国を体験する「窓」になる要素を盛り込まなければなりません。テキストの作成にあたって、最も苦心する点のひとつです。

また、近年、学内外を問わず、「国際化・グローバル化」ということが良く言われます。昔から、外国語教育においては「異文化体験」というキーワードが良く用いられました。未知の世界のことを知り、外国におけるさまざまな思考や風習を理解することで、人類(社会)の多様性とその広がりや奥深さを体得することに目標があるわけですが、一方的に「受容」することだけが「国際化・グローバル化」ではありません。日本人について、日本の社会や風習、文化について、延いては、自分自身のことを外国人に「発信」することも同じように大切なことです。

一年次のテキスト編集・執筆にあたっては、この点についてもできるだけ注意を払いました。特に、演習(三列)やインテンシヴクラスの授業においては、受講生が自分自身の学生生活や日常生活に関することを中国語で正確に、かつ豊富に「発信」できるような内容を多く盛り込むように努めました。「受信と発信」の双方向で運用能力を高めることを視野に入れた教材の作成は、今後も重要な要素になると考えています。

先に、中国という国の急激な変化について述べましたが、変化しているのは中国だけではありません。それを取り巻くさまざまな環境にも同じように変化が見られます。東京大学の中国語カリキュラムの中には「既習クラス」というクラスも設けています。これは本来、日本の高校で中国語を学習し、大学に入ったあとも引き続き中国語を学習したいという履修者を想定して開設していたクラスでした。近年、このクラスに編入を希望する人の大部分は、いわゆるニアネイティヴと言われる人たちです。

つまり、中国人の家庭に生まれ、かつ小中学生や高校生のときから日本で生活している人が増加しているという傾向です。家の外では日本語を使って生活し、家族や親戚とは中国語で話すというバイリンガルの人々が、以前に比べて増えているということです。こうした人々が、大学に入ったことを契機に、大学の授業で中国語を学び、より正確・高度な内容を習得し、将来の自分の武器としたい、という動機で「既習クラス」編入を希望しています。そういった人たちの需要に十全に応えていく体制作りも求められています。

教養学部は平成25年度より「トライリンガル・プログラム」(TLP)を開始しました。TLPとは、教養学部前期課程において、一定レベルの英語力を有すると認められる学生を対象として、日本語と英語に加え、もう一つの外国語の運用能力に長けた人材を育成する特別コースのことです。まずは中国語がその対象言語としてスタートしました。先述の既習クラスもそうですが、多様化する受講生の対応とプログラムの積み上げの両方向において、さらに充実した科目の構築と整備が今後の課題です。

(言語情報科学専攻/中国語)
 

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