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教養学部報

第561号 外部公開

〈時に沿って〉 より速く走ること

北岡祐

2013年10月に広域科学専攻生命環境科学系助教として着任しました。専門分野は運動生理・生化学で、体育実技の授業を担当します。9月まではカナダでポスドクをしていましたので、生活の変化に少し戸惑いながら、新鮮な気持ちで毎日を過ごしています。

私は、生命の謎を解き明かす分子生物学者に(なんとなく)憧れて、十年ほど前に大阪大学理学部生物学科に入学しました。しかしながら、気づけば高校生の頃と同じように陸上トラックで走ってばかりの日々を過ごしていました。高校時代の800mの自己ベストをたった三秒更新するのに三年近くを費やした後(そこからさらに三秒更新したとしてもまだ全日本インカレに出場することすら叶わないレベルでした)、研究室に配属されて研究の面白さをようやく知り始めたとき、分子生物学の手法を使えば身体トレーニングの科学的な背景がわかるのではないか、と思いました。

面白半分でPubmedと呼ばれる論文検索サイトにキーワードを入れて見つけた論文を、辞書を片手に一生懸命読み始めてから、東大の八田秀雄先生に会うため新幹線に乗り込むまでそれほど時間はかかりませんでした。

駒場の大学院生になってからは、八田先生のもと、JRA(日本中央競馬会)との共同研究で、サラブレッドを実験動物として用いた実験に携わらせて頂きました。サラブレッドは、徹底した血統管理のもと「より速く走ること」のみを目的として約三〇〇年にわたって改良を加えられてきた動物です。私が800mを走る間になんと2000mも走ってしまいます(しかもヒトを背中に乗せて)。その筋肉を分析することで、長い間疲労の原因だと考えられてきた「乳酸」という物質のエネルギー基質としての一面をみつけることができました。

駒場で募集していたイェール大学でのサマースクールに参加させてもらったり、国際学会での発表を経験したりする中で、海外で研究をしてみたいという気持ちが次第に強くなり、博士の学位を筑波大学で取得した後に、ポスドクとしてカナダに渡りました。トロントとナイアガラのちょうど中間に位置するハミルトンのマクマスター大学では、医学研究科に所属し、マッカードル病やポンペ病(「小さな命が呼ぶとき」という映画をぜひご覧下さい)といった数万人に一人の割合で存在する遺伝性の筋肉の病気の患者から採取した筋サンプルを分析する機会に恵まれました。夢にみた環境(冬の寒さは除く)の中で、日本学術振興会特別研究員PDに許された一年半の海外滞在期間はあっという間に過ぎてしまいました。

ティム・ホートンズ(カナダ最大のファーストフードチェーンでハミルトン発祥)の薄いコーヒーの味さえ、良い思い出の一部になっています。カナダでは自分の実力不足を痛感する毎日でしたが、帰国前日に研究室のボスからもらった「君はきっと良いプロフェッサーになる」という言葉を胸に、今後も努力していきたいと思っています。

(生命環境科学系/スポーツ・身体運動)
 

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