HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報567号(2014年7月 2日)

教養学部報

第567号 外部公開

〈時に沿って〉思ってたんとちゃう

進矢正宏

二〇一四年の四月から総合文化研究科・身体運動科学研究室に助教として着任しました。京都大学で博士号取得後、カナダのアルバータ大学での一年のポスドク、東京大学総合文化研究科で三年間の学振特別研究員(PD)を経て、縁あって今に至ります。専門は、神経生理学・バイオメカニクスで、ヒトの姿勢・歩行の研究をしています。授業では体育の実技を担当します。皆様よろしくお願いします。

昔の漫才なんぞを見て家でくつろぎながら、京大での学部時代に少林寺拳法をやっていたころは、まさか31歳の時に東京大学で体育の先生になっているとは思ってなかったなあ、とかもの思いに耽りつつ、どんなタイトルで時に沿おうかと考えていたら、笑い飯という人たちが「思ってたんとちゃう!」と叫んでいました(優勝候補だったのに二〇〇九年のM-1グランプリという大会の決勝前に敗けた時のコメントです)。私の場合は幸せな方で思ってたんと違ったわけですけど、ほんと思った通りにはいかないですよね。

人生とかお笑いとか、そういうことだけではなくて、「思ってたんとちゃう!」ってのは、私の研究のキーワードでもあります。私は院生時代、友人たちを実験室に呼んでは、小さな落とし穴に落としていました。勿論、真面目な研究としてです。運動制御の分野では、ヒトの神経系はどのような感覚入力が得られるかを常に予測していて、実測が予測と異なっていた場合は素早い修正を行う、という理論があります。しかし、歩行中にいつ何を予測しているかは明らかではありませんでした。

そこで落とし穴です。押されたり躓いたりするときと違って、落とし穴に落ちた時には、大きな感覚入力は入ってきません。それでも落ちたことに素早く気が付けるのは、穴なんてないはずだという予測があって、実際の感覚入力はそうでなかったという差を計算しているはずです。そして実験したところ、本来の着地タイミングから数えて、わずか0.1秒未満の間に、姿勢制御のための筋活動パターンが観察されました。単純な反応時間は0.2秒程度ですので、いかに早い反応かがわかります。これは、生理学的には反射と呼ばれる、無意識的かつ自動的な非常に素早い応答です。

普段私たちは、特に何も意識せずに歩いていますけれども、神経系は常に次の着地について予測しているということを意味します。トイレの段差に「びくっ」となるのも、もう一段あるはずと思っていた階段が実はなかったときに「かくっ」となるのも、こういったシステムが神経系に備わっているおかげなのです。面白いと思いませんか??
東大に来てからも歩行中や立位中あるいはスポーツ動作中に、私たちが無意識的にどのような予測を行いながら運動制御を行っているのかを研究していく予定です。今後も、研究や体育の授業や教室の仕事など、次々に思ってたんとちゃうことがたくさんあると思いますが、大ケガをしないように努力していきます。

(生命環境科学系/スポーツ・身体運動)

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