HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報568号(2014年10月 8日)

教養学部報

第568号 外部公開

〈時に沿って〉 ウミウシのはなし

畠山哲央

今年の六月に広域科学専攻 相関基礎科学系の助教として着任しました。理論生物物理学の研究をしています。記事を書くにあたり、自分が研究者になろうと思ったきっかけの話を書こうと最初考えたのですが、物心付いた時には研究者を志していたような気がするし、何がきっかけだったのかイマイチ思い出せません。仕方がないので、かわりに高校時代にウミウシをとりにいった話を書きます。

当時、僕はW大学(研究不正で話題になっているので、伏せ字にしておきます)の付属高校に通っていました。僕は生物部の部長でした。部長といっても、部員は僕とクラスメイトのO君の二人しかいませんでした。生物部の普段の活動は、近くの池で水鳥を観察してカメをとったり、部室でテレビを見ながらお茶を飲んだりと、牧歌的なものでした。

そんなある日、O君が海に行こうと言い出しました。O君は普段からカニの事しか考えていないような人で、磯にカニをとりに行きたかったのです。僕は、食べられないカニにはあまり興味は無かったのですが、当時ウミウシに興味を持っており、生きている姿を是非見たいと思っていたので一緒に行く事にしました。

干潮の時刻を狙って海に行くと、O君は早速カニを探し始めました。O君はカニの気持ちがわかるようで、次々とカニを捕まえていきました。僕は、彼がカニを捕まえるのを手伝ったり、タイドプールに取り残されているタコを捕まえたり、O君にアメフラシを投げつけたりしながら、お目当てのウミウシを探していました。少し沖の方に歩いていくと、細長い真っ青な物体がそこら中の岩に張り付いているのが見えました。アオウミウシです。それは、絵の具のチューブからひねり出してそのまま貼付けたような姿形をしており、到底生きているようには見えなかったのです。

僕はその美しい青色をした物体を、是非そのままの形で持ち帰りたいと思いました。そこで、用意していたエタノールを満たした標本ビンの中に、青いそれを一つ入れたのです。その瞬間、僕は取り返しのつかない事をしてしまった事に気づきました。標本ビンの中のウミウシは、少しだけ身を伸ばしたかと思うと、すぐに縮まり、真っ青だった色は一瞬で灰色が混ざったような薄い水色に変わってしまいました。標本ビンの中で色が変わって縮んでしまったウミウシは、その取り返しのつかなさを通して、海の中にいた時以上に、強烈に生命というものを感じさせました。

その後色々あり、現在は理論生物物理学の研究をしていますが、生命とは何かという問題について考える度に、標本ビンの中で色褪せてしまったウミウシや、子供の頃飼っていて、そして死んでしまった小鳥やカエルの事を思い出します。それらのいきものが死んでしまった時に感じた生命とは何かという事を、理解できた、表現できたとはまだまだ言いがたいですが、少しずつ近づけている気もします。もっと近づけるように、今後も研究を続けていこうと思います。

(相関基礎科学系/物理)
 

第568号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報