HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報573号(2015年4月 1日)

教養学部報

第573号 外部公開

ようこそ東大へ ─共に新たな伝統を創ろう

五神真

573-A-1-1.jpg新入生の皆さん、東京大学への入学おめでとうございます。目標としてきた東大入試を突破し念願がかなったという喜びと共に、大学での新しい生活に胸を膨らませていることと思います。私たちは、資質に恵まれた皆様を新たな仲間としてここにお迎えすることを大変嬉しく思っています。東京大学を未来に向けて、皆様と共に力強く漕ぎ出して行きたいと願っています。

東京大学は一八七七年(明治一〇年)に誕生しました。今年は一三八年目で、皆様の在学中に創立一四〇周年を迎えることになります。当時の日本では長い鎖国を経て、西洋文明をいち早く導入し、それを担う人材を育成することが急務となっていました。特に近代の産業を興す技術者を育成するために、各方面の外国人教師を招き、近代化が急ピッチで進められていました。一八八六年に帝国大学令が公布され現在の東京大学の形が整いました。その際に工部大学校が東京大学に統合されましたが、それは総合大学に「工学」が従来の学問領域と同格に並んで設置された世界初のものとなりました。現在では欧米の大学に工学部が設置されているのは普通ですが、当時は大学に「工学」を取り込むというのは、先駆的なアイディアだったのです。学術研究においても、設立からわずか二〇年ほどで、卒業生たちは世界的な研究成果を多数出しています。例えば、北里柴三郎(一八八三年東京大学医学部卒)のベルリンのコッホの下での破傷風菌の培養成功(一八八九年)や動物における免疫の成立と血清療法の発見(一八九〇年)、木村栄(きむらひさし、一八九二年帝国大学理科大学卒)による水沢の臨時緯度観測所における緯度変化のZ項の発見(一九〇二年)、長岡半太郎(一八八七年帝国大学理科大学卒、東京帝国大学理科大学教授)による土星型原子模型の発表(一九〇三年)、東西文化融合の先駆者である岡倉天心による『東洋の理想』の出版(一九〇三年)、山崎覚次郎、小野塚喜平次らによる欧州以外で最初の社会政策学会の創設(一八九七年)などがあります。このように、東京大学は単に西洋のまねではなく、日本の伝統的な考え方や文化を取り込みながら、東西文化融合の新しい学術の拠点として独自の学術を世界に発信するという伝統をもち、それは現在に至るまで引き継がれています。

皆さんは、その東京大学の広くて深い学問の扉の前でそこに立ち入る資格が与えられたのです。その資格は、東京大学の入学試験に合格することによって認められました。入学試験は、何を学んで来てほしいかを大学側から受験生に伝える重要なメッセージボードです。私達は皆さんに、知識の量ではなく、自ら考える力を鍛えて来てほしいと考えており、それを東大入試の伝統としています。それにきちんと応えた皆さんの努力に敬意を表します。しかし、入学試験は短い期間内に大勢の受験生を公平に評価しなければならないという制約があります。従って身につけてきてほしい力をすべて確認することはできません。大学での学びは、もっと自由で多様です。皆さんには、受け身ではなく、自らの創意をもって東京大学という場を存分に活用し、一層力を鍛えて頂きたいのです。東京大学では、そのような学びを促すために、教育システムの改善に取り組んでいます。例えば、本年度よりスタートする初年次ゼミなどで、少人数のクラス編成でそのきっかけをつかんでもらいたいと思っています。

さて、学びの先に何があるのか、ということを意識することも重要です。二十世紀において科学技術は飛躍的に進歩し、人類の活動範囲は桁違いに拡大しました。交通手段や通信技術の進歩によって、国境を越えた交流が日常的に行えるようになりました。特に近年のIT技術の革新によって、世界中の情報を瞬時に手にすることが出来るようになりました。一方、資源の枯渇、環境破壊、世界金融不安、地域間の格差など地球規模で対処すべき課題が顕在化しています。これらは、科学技術によって人類がかつてないほどの力を得る一方で、地球そのものの有限性が露わになったのだとも言えます。この様にいわば“狭くなった地球”の中で人類はどのような社会を目指すべきでしょうか? それは、個性を塗りつぶし、皆が同じ生活をする均質社会ではないはずです。様々な人々が互いの違いや個性を大切にする、すなわち、多様性を尊重し合い、それを活力とする社会であるべきです。その為には、知恵を出し合うことが必要です。地域や国境を越えて協働して行く社会、それがグローバル化の姿でなければなりません。小さくなった地球の中で人々が窮屈にではなく、闊達にのびのびと活動できる社会を目指すべきです。東大のキャンパスの中で、自分とは異なるバックグラウンドを持つ仲間を意識して見つけ、交流することで、そのような社会を創り出すことに貢献できる力を身につけてほしいと思います。

先ほど、東京大学の設立期について述べましたが、我が国は世界の中で、際だった学術先進国です。その学術が生み出す知を活かし、課題解決に率先して取り組むことが期待されています。皆さんはその中心地にいるのです。まず学術の最前線で繰り広げられている、知の興奮と喜び、新しい発見の感動を体験し、学問の楽しさを実感してもらいたいのです。受け身ではなく、是非自ら扉を開いて下さい。主体的な学びの中で、「自ら原理に立ち戻って考える力」、「考え続ける忍耐力」「自ら新しいアイディアや発想を出す力」の三つの基礎力を鍛えると共に、それらを育み、活かすために「自らを相対化できる広い視野」を獲得し、多くの人々を巻き込んで行動できる力を養い、それらを糧として自己を大きく成長させてほしいと願っています。

東京大学は、そのような最高の環境を提供していくようつとめます。伝統は守るだけのものではなく、創るものです。みなさん、是非、一緒に東京大学の新しい伝統を創っていきましょう。

(東京大学総長)

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