HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報573号(2015年4月 1日)

教養学部報

第573号 外部公開

「無駄」の勧め

小川桂一郎

573-A-1-2.jpg新入生のみなさん、入学おめでとうございます。難関をくぐり抜けて念願の東京大学入学が果たせたことを心よりお祝い申し上げます。

これからみなさんは少なくとも二年間を教養学部生として駒場キャンパスで過ごすことになりますが、その期間は、それをどのように過ごすかによって、その後の人生が大きく変わるといっても過言でないほど、貴重でかけがえのないときです。みなさんには、その間にあえて「無駄」にみえることに力を注いでいただきたいと思います。教養学部は、「無駄」なことをするために最適の環境です。

まず、教養学部では、授業の範囲が非常に広く、その内容はきわめて多彩です。講義の数は毎年延べ二千以上にのぼります。それには、なじみのある科目名とともに、タイトルすら見たことのないようなものもあるでしょう。いずれも、その分野を専門とする教員によって行われるもので、充実した内容が期待できます。その中には、自分の専門や将来の職業に直接役立つものもありますが、そうでないものの方が多いでしょう。その点では、無駄が多いと思われるかもしれませんが、まったく新しい世界が開けて、それが思いもよらず面白く、将来の進路が変わってしまう可能性もあります。ぜひ、積極的に自分の世界を拡げてください。

授業の中には、自分には興味がないのに、履修しなければならないものもあります。初修外国語はその筆頭かもしれません。グローバル化した現代の共通言語は英語なのだから、英語以外の言語を勉強する必要はなく、初修外国語の学習は時間の浪費であると考えられがちです。実際、多くの大学では初修外国語は必修とはなっていません。それにもかかわらず、駒場で初修外国語が必修となっているのは、それによって広い視野と複眼的なものの見方を育むことができるからです。そして、それは、駒場での教養教育の目標そのものなのです。
新たな外国語が少しでもできるようになると、新しい世界が開けてきます。その国でその国の言葉を話すと、相手の対応が英語のときとはがらりと変わって、生き生きとした表情に溢れることでしょう。英語は、どこで話しても誰にも驚かれることがないのと対照的です。ヨーロッパ系の言語であれば、語源の点で英語の理解も深まります。また、新たな外国語の習得方法がわかり、自信もつくでしょう。

私が駒場生のときに受けたドイツ語の授業は、とてもペースが速く、わずか三ヶ月で初級文法が終わり、秋からは評論や小説を読まされました。毎回の予習に五─六時間もかかりましたが、その経験は、後に留学のためにイタリア語を短期間で習得しなければならなくなったときに、たいへん役に立ちました。

課外活動にも、ぜひ力を注いでください。スポーツ、音楽、演劇、美術、社会活動など、何でも構いません。自分の好きなことに徹底的に取組んでください。好きなことに没頭しているときに得られる心の高揚感は、生きる喜びそのものといってもよいでしょう。

スポーツや音楽演奏などは、定まった数多くの身体動作が必要とされるので、最初のうちはなかなかうまく出来ません。それでも、困難を一つ一つ克服してゆくのはとても楽しいものです。努力を重ねてある程度上手くできるようになってくると、自分だけでなく、それを観たり聴いたりしてくれる人にも楽しんでもらえるようになります。これは、他の人との間で深いレベルのコミュニケーションが成立し、それによって喜びが生まれることを意味します。音楽であれば、自分が奏でている音楽がこんなに美しいものなのだという思いが聴き手に伝わり、それが感動を呼びおこすのだといえるでしょう。

自分の思いが深いレベルで他者と共有される喜びは、音楽に限らず創造を伴う営みに共通します。科学の研究の喜びも、自分の発見したことの面白さを伝え、それを共有してもらえることにあります。したがって、課外活動に打ち込むことは、学業に励むことに劣らず大切なことなのです。

駒場には課外活動のための団体(サークル)が数え切れないほどたくさんあり、すでに熱烈な勧誘を受けていることでしょう。課外活動はサークルに属さなくてもできますが、自分の好みにあったサークルが見つかれば、入会されることをお勧めします。

サークルに入ると、自分とは異なる分野の人たちと親しくなることができます。教養学部の語学別クラスだけでも、将来の進路が異なる個性豊かな友人が得られますが、サークルでは、さらに多様な人たちと知り合うことができます。しかも、共通の趣味を追求して活動するので、とても結びつきが強くなります。生涯を通しての友人も得られることでしょう。

みなさんが、教養学部で励んだ「無駄」なことを糧として、自分が本当にやりたいことを見出し、その道に進めることを心から願っています。

(総合文化研究科長・教養学部長)

第573号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報