HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報579号(2015年12月 2日)

教養学部報

第579号 外部公開

梶田先生、ノーベル賞受賞おめでとう! ニュートリノの振動と質量

菊川芳夫

10月6日に2015年ノーベル物理学賞の発表があり、梶田隆章教授(東京大宇宙線研究所長、IPMU主任研究員)の受賞が決まった。受賞理由は“for their key contributions to the experiments which demonstrated that neutrinos change identities. This metamorphosis requires that neutrinos have mass. The discovery has changed our understanding of the inner-most workings of matter and can prove crucial to our view of the universe”(Press Releaseより)。あ、これはすごい、良かった、本当に良かったと思わず涙ぐんでしまうほど感動したニュースだった。小柴(昌俊)さんのあの笑顔が浮かび、戸塚(洋二)さんを偲び、IPMUの村山(斉)さん(東京大カブリ数物連携宇宙研究機構長)もさぞ喜んでいるだろうな、と思った。その村山さんは早速コメントを寄せ(http://www.ipmu.jp/ja/node/2296)、梶田さんと電話対談もしていた。同じくIPMUの大栗(博司)さん(カリフォルニア工科大学教授、IPMU主任研究員)のノーベル物理学賞予想の記事(http://webronza.asahi.com/science/articles/2015091600006.html)を思い出し、読み返してみて、その書き方に(やっぱり当たっていると)ニンマリしてしまった。

梶田さんがニュートリノ振動を観測したスーパーカミオカンデの実験については、梶田さん本人の解説がIPMUのホームページに掲載されているから是非読んでみよう(http://www.ipmu.jp/sites/default/files/imce/J02_Feature.pdf)。ニュートリノは電荷0、スピン h/ をもつ素粒子で、弱い力と重力を介して相互作用する。電子ニュートリノ(νe)、ミューニュートリノ(νμ)、タウニュートリノ(ντ)の3種類が知られていて、それぞれ電子(e)、ミュー粒子(μ−)、タウ粒子(τ)に伴って相互作用する。大気中に入射してくる宇宙線(主に陽子)は、窒素や酸素の原子核と反応して、多くのパイ中間子を生成している。これがμとνμに崩壊し、さらにμの一部がeとνe、νμに崩壊して地表に降り注いでいる。これらのνeとνμを大気ニュートリノという。梶田さんらがスーパーカミオカンデにおいて観測したのは、地中から(地球の裏側から)飛来するνμ事象の欠損である(1998)。この欠損は、νμがニュートリノ振動によってντに変換されたためと説明された。

ニュートリノの運動は、実は波動方程式で記述され、粒子としての状態は波動のモード(基準振動)に対応する。つまりニュートリノは単振動子と見なしてよい。ニュートリノ混合とはνe、νμ、ντに対応する三つの独立な単振動子がゆるく結合して連成振子を作っている状況に対応し、ニュートリノ振動とは三つの振動子の振幅が交互に大きくなったり小さくなったりするうなりの現象に他ならない。このとき、連成振子の固有振動は質量の定まったニュートリノの状態を表し、固有振動数がニュートリノの質量に対応する。うなりの周期は連成振子の固有振動数の差で決まるから、ニュートリノ振動の周期からニュートリノ質量の差が決まることになる。少なくとも二つのニュートリノに混合があって、異なる質量を持っていなければ、ニュートリノ振動は生じないことになる。梶田さんらの観測によって、ντとνμの間に大きな混合のあることが実験的に確認され、質量差は0.05 eV/c2程度と推定されたのだ。

ニュートリノ質量の発見によって必要となる素粒子標準模型の修正は、宇宙進化(元素合成や構造形成等)に関わる重要な問題(バリオン数非対称性の起源、ダークマターの実体)を理解するための鍵になると考えられている。その理由は、ニュートリノの電荷がゼロであるために、粒子と反粒子を混合するような質量生成の機構があって、CP対称性やレプトン数保存則が破れる可能性があるためだ。ニュートリノが質量をもてば、運動方向に対して左巻きと右巻きにスピンする状態の両方が混在すべきである。なぜなら、質量をもつ粒子は光速以下の速度で運動するから、観測者は粒子を追い越すことができて、その時運動方向に対するスピンの向きは逆転して見えるから。[左巻きと右巻きの状態は、粒子と反粒子を入れ替える荷電共役Cや鏡映(パリティ)Pによってちょうど移り変わる関係になっている。]一方、弱い相互作用によって同定されるνe、νμ、ντは、素粒子の標準理論によると、運動方向に対して左巻きにスピンする粒子に限られて、e、μ、τと必ず対をなす。だから、修正の一つのアイデアは右巻きにスピンする、電荷0(弱い相互作用もしない)、スピンh/ の新しい粒子を導入することになる。このとき、混合は左・右巻きのニュートリノの間と、さらに右巻きニュートリノとその反粒子の間にも可能になっている。右巻き同士の混合のスケールを極めて大きく、大統一理論のスケール(1015 GeV/c2程度)に設定すれば、ちょうど0.05 eV/c2程度の極めて軽いニュートリノが現れる。この機構は、IPMUの柳田(勉)さんによって提案され、福来(正孝)さんとの共同研究によって、レプトジェネシス理論に展開されている。このような素粒子論的宇宙論の問題の解明に向けては、今後のニュートリノ振動やレプトン数の破れの観測に更なる期待がかかっている。

今回の梶田教授のノーベル賞受賞によって、東大の素粒子実験分野に二つ目のノーベル賞メダルがおくられることになった。この事実は、東大の素粒子実験研究者の能力と成果が世界的にも高く評価されていることを示している。これまでも、例えば、Belle実験に参画した研究グループはB中間子系におけるCP対称性の破れを観測し、小林─益川理論を詳細に検証した。この成果は、小林さん、益川さんのノーベル賞受賞を決定的にアシストした。また、Atlas実験に参画しているグループはとうとうヒッグス粒子を発見してしまった。これら東大素粒子実験研究者の活躍を、筆者は、本当に誇りに思う。このような実験物理学の真に重要な成果の裏には、実験を通して、根本的な自然現象と直に対峙することができたことに対する彼ら実験屋さんの自負があって、そこに、理論屋としては、羨望と憧憬の感情の湧くのを禁じ得ない。「人生、意気に感ず。…」願わくば、この東大の素粒子実験研究の伝統が次の世代にも引き継がれていくようにと、駒場の教養学部生に期待するところは大である。

最後に文系の学生にも読んでほしい本を紹介しておく。

○戸塚教授の「科学入門」E=mc2は美しい!  戸塚洋二著(講談社)
○宇宙は何でできているのか  村山斉著(幻冬舎新書)
○強い力と弱い力  大栗博司著(幻冬舎新書)

(相関基礎科学系/物理)

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