HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報579号(2015年12月 2日)

教養学部報

第579号 外部公開

かたくてやわらかい折紙

舘 知宏

紙を折ると、やわらかく折りたためる構造になります。例えば縦横両方向にプリーツ状に折りたたんだミウラ折り(図1)はやわらかい折紙構造です。ポータブルに収納し必要に応じて大きく展開できる機構として、宇宙構造物などに応用された例があります。このような折紙構造を使って、災害時の仮設シェルターや開閉屋根などさまざまな建築用途に使えないか? という提案は、古くから研究者やデザイナーによってなされてきました。しかし、これには課題もあります。折紙のメカニズムは、変形しないパネルがヒンジで接続し、ヒンジが折れることで全体変形をするという幾何的なモデルで設計されます。このようなモデルでは、ミウラ折りは一自由度のメカニズムになります(図1上)。一自由度であれば、理想的には一カ所動かせば全体が連動して動き、設計通りの制御ができるはずです。ところが、実際に紙を折って構造を作ってみると、材料自体が微妙に曲がることで不均等な折りたたみや捩れを含んだ形状に容易に変形してしまいます(図1下)。大きなスケールでは形が崩れ、自重を支えることができないという剛性・強度の課題があり、機構としても展開収縮を駆動するためのアクチュエータ周辺で部分的な展開が起きてしまうという制御の課題がありました。

この過度なやわらかさに対するひとつの解決策は、面が曲がらないように十分に厚い板で作り、折り線をヒンジにすることです。しかし、板材というのは基本的には伸び縮みには強くて曲げには弱いものなので、板が曲げに耐えることで荷重を支えるアプローチはかなり非合理的です。過大な厚みが必要で、結果として重くなり、コンパクトに収納することもできなくなります。本来合理的な構造は、面が伸び縮みに耐えるようにして荷重を支えるようにできている必要があります。実は、このような合理的な構造も、折紙を使って作れます。立体化した折紙にさらに別の面材を立体的に張ってサンドイッチ状にすれば、軽くてかたい構造になります(図2)。こちらは、全体が立体トラス構造のように働き、面が引っ張りと圧縮に耐える事で荷重を支えるため、大きな構造物を無駄なく作るのに適しています。ただし、張った面材が動きをブロックして、もはや変形することはできません。折紙からは、やわらかい構造も作れるし、かたい構造も作れるのですが、これを同時に両立させるのは困難なのです。
この折紙のもつ性質を両立させて、かたくてやわらかい夢の折紙を作る、というのが我々のチャレンジです。その成果の一つが、図3の折紙構造物です[1]。この構造物は、設計上の折りたたみ変形を得るのに必要な力は小さくてすみますが、それ以外の変形に対しては面材の引っ張りと圧縮で抵抗するため、大きな力が必要となります。単に剛性に異方性があるだけではなく、一カ所に加えた力が部分的な変形をおこさず、全体に伝わることも特色です。これによって、端部を駆動するだけで変形が全体にすみやかに波及して展開します。また、展開時には荷重を支えられる強い構造となります。

このような「かたくてやわらかい」性質は、構造の固有振動モードで理解できます。固有振動数が低ければ、剛性が低いことを表します。変形メカニズムの場合、最も固有振動数が低いモードが折りたたみ機構となり、次に低いモードは、望ましくない変形のうち最も構造にとって不利な変形モードといえます。この二つのモードの固有値(剛性)を比較して、その比が大きければ大きいほど理想的な構造に近づくのです。既存の折紙構造では、この剛性比が四倍程度だったのですが、新規発明した構造ではこの比が400倍程度となりました。歪みの分布を確認すると面の曲げ変形が起きず、引っ張りと圧縮で耐える理想的な構造であることも分りました。それで「100倍かたい折紙構造」とか「世界最強の折紙」というタイトルでメディアに紹介されました。

この研究は2014年に半年間ほど駒場(広域科学専攻)を訪ねて留学していたイリノイ大学の大学院生エフゲニ・フィリポフ氏および彼の米国での指導教員グラウシオ・ポーリーノ教授との共同研究です。「ORIGAMI」はアメリカを含めて国際的にホットな研究テーマとなっていて、最近は折紙研究のために駒場を訪ねてくれる研究者も増えています。折紙の持つ面白い性質は立体形状によって決まるため、原理的には1000m級の宇宙構造物から、ナノスケールの構造物まで応用が可能です。マイクロスケールでは自律的に平面から立体に折り上がる「自己折り」の研究もホットになっています。折りは生物の形の生成原理の一つです。芸術としても多彩な表現が日々生まれています。皆さんも折紙やってみませんか?

[1]    E. Filipov, T. Tachi, G. Paulino, “Origami tubes assembled into stiff, yet reconfigurable structures and metamaterials,” PNAS 112(40), 2015.

(広域システム科学系/情報・図形科学)

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  図1 設計上の一自由度メカニズム(上)と現実の挙動(下)

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  図2 かたいサンドイッチ構造

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  図3 かたくてやわらかい折紙構造[1]。端部を駆動すると全体が展開する。

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