HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報579号(2015年12月 2日)

教養学部報

第579号 外部公開

The Fly Roomにようこそ

松田良一

毎年、私が担当する「動物科学」では、遺伝学の基礎を作ったメンデル(1822─1884)とモーガン(1866─1945)の話をする。前者は数学好きな修道士が農作物の品種改良を進める修道院長の助言で始めた生物学と数学をまたぐ画期的な遺伝学研究。発表当時は評価されなかったが、1900年に論文が再発見され、大騒ぎとなった。後者はカエルの発生やプラナリアの再生の研究者が、それらの本質的理解には遺伝現象の解明が必須であると考えて始めた研究だ。メンデルはエンドウを使ったが、モーガンは世代交代が十日間で済むショウジョウバエを初めて使った。そのコロンビア大学におけるモーガン研究室の様子をテーマにした“The Fly Room”という映画が2014年アメリカで発表された。この映画は全米の生物学系の学会や大学で上映され、大評判になっている(図1)。これを駒場の学生達に見せたい。しかし、残念ながらこの映画は公開されていない。やむを得ず、その制作会社にメールを送った。するとその映画を作ったAlexis Gambis監督から返事が来た。彼は「自分もこの映画を日本の学生や研究者たちに見せたい。自分は日本に行ったことが無く、この際、是非、行ってみたい」。ということで、監督の来日と映画の本邦初上映のチャンスが巡ってきた。問題は経費。自腹かカンパ以外に何か方策は無いか? ショウジョウバエ遺伝学者や学会に打診しても、経費支援の見込みはゼロ。最後にわが総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系の先生方にお願いし、幸いにも系主催の講演・映画上映会として実現する運びとなった。ご支持いただいた生命環境科学系の皆様に深く感謝したい。

話は変わるが明治の初期、1871年に明治政府は視察のために岩倉使節団を欧米に送ったことを御存じだろう。実はその際、アメリカまで女子留学生五名も同行した。その一人が六歳の津田梅子(1864─1929)だ。彼女は11年間にわたり、フィラデルフィアで教育を受けた。1882年に帰国し、1886年には華族女学校(現在の学習院女子高等科・中等科)の英語教授になる。1889年、生物好きだった彼女は再渡米し、フィラデルフィア郊外にあるリベラル・アーツカレッジのブリンマー女子大学専科で生物学を専攻。その時の指導教員が発生生物学者モーガンだった。津田はモーガン研究室で二年間、カエルの発生を研究した(図2)。彼女の優秀さにほれ込んだモーガンは彼女に発生学の研究を続けるように勧めたそうだ。断腸の思いで帰国した津田は、ついに1900年には女子英学塾(後の津田塾大学)を開校した。

1903年、モーガンはコロンビア大に移り、再発見されたメンデルの論文に刺激されたのか、発生再生の原理を理解する上には遺伝学の解明が必要として世代時間が短いショウジョウバエを使って遺伝実験を始めた。この“The Fly Room”は、そのモーガン研究室(当時からFly Roomと呼ばれていた)の様子を彼の筆頭弟子の一人であるブリッジスの娘が回想した映画だ。もし、津田梅子がモーガンの下で生物学研究を続けていたら、きっと、この映画にも出てきただろう。そのモーガン研はその後、カリフォルニア工科大学(Cal­Tech)に移動し、計30年間にわたり様々な遺伝学的大発見を成し遂げた。何とX線照射による突然変異の誘導実験もおこなっている。モーガンはその功績により1933年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

この度、この“The Fly Room”の上映会とこの映画を作ったAlexis Gambis監督の講演会を12月11日(金)の午後6時から21 KOMCEE Eastの地下大ホールで開催する。参加費・参加登録は一切不要。駒場がきっかけとなり、京都大学でも上映会を開く。是非、御来場いただきたい。

主な参考文献
1)「モーガン 遺伝学のパイオニア」I.シャイン&S.ローベル共著 徳永千代子&田中克己訳 サイエンス社(1981)
2)「動物の発明発見物語─発明発見物語全集10─」中村禎里編 国土社(1983)
3)「津田梅子」大庭みな子著 朝日新聞社(1990)
4)「津田梅子 まんが人物館」小学館(1997)

(生命環境科学系/生物)

「The Fly Room」上映会及びA. Gambis監督講演会
日  時:2015年12月11日(金)午後6時〜8時
会  場:21 KOMCEE East K011(地下大ホール)
参加方法:無料・事前予約不要

図1 “The Fly Room”のポスター写真。ブリッジスの娘がハエを飼っているガラス瓶を覗き込んでいるところ
http://www.theflyroom.com/presskit/

図2 津田梅子がモーガン研で描いたカエル胚のスケッチ
http://da.tsuda.ac.jp/open/image.do?oid=UK5AmeKjWC&item=131088_1


 

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