HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報580号(2016年1月 6日)

教養学部報

第580号 外部公開

<送る言葉> ─近藤安月子先生を送る─

エリス俊子

近藤安月子先生、ありがとうございました

近藤安月子先生に初めてお会いしたとき、美しいお名前の通りの方だと思ったのを今でも覚えています。「安らかな月の子」というお名前は御祖父がつけられたそうです。そのお名前がしっくりとなじむ、穏やかで優しい笑顔の近藤先生は、20年間にわたって500人余の留学生を育ててこられました。AIKOM短期交換留学プログラムがはじまる前年の1994年、駒場キャンパスにおける留学生向け日本語教育プログラムの開設が決まり、その責任者として翌年駒場に着任され、はじめは専任一人に非常勤講師数名の体制で、新しいプログラム作りに取り組んで下さいました。日本語補講は当時から開講されており、たしか前期課程の日本語授業もはじまった頃だったと思いますが、英語による週五コマの集中日本語教育の提供は駒場にとって初めての経験でした。すでに日本語教育の豊かな実績をもっておられ、北米の大学で言語学の博士号も取得されていた近藤先生ですが、未踏の地での新しいプログラムの創設に際しては、周りの同僚には見えないご苦労が多々あったことと思います。

AIKOM第一期生18名の授業にはじまり、今では他のプログラムも加わって、3桁に近い日本語学習者を対象としたプログラムが提供されています。その間に新たな専任教員も複数来られて、レベルの数も増え、東京大学が誇る日本語教育プログラムが駒場で展開されて現在に至っています。

毎年思うことですが、AIKOMプログラムの修了式で、留学生たちが一番熱く「ありがとう」の言葉を向けるのが日本語の先生方です。毎日学生たちと接しているからだけではなく、彼ら彼女らにとって日本の文化と社会への入口は日本語の授業であり、手を引いて導き入れてくれるのが日本語の先生方だからです。10カ月の留学の日々を終える交換留学生たちは、来日前に一言もしゃべらなかった学生も含めて、それぞれの「日本」の体験をいきいきと日本語で語るようになります。

在任中、近藤先生は短期交換留学生のための『中・上級日本語教科書 ─日本への招待』 『上級日本語教科書 ─文化への眼差し』 『わたしの見つけた日本(中級)』も編集、刊行されました。数多ある日本語教科書の中で、これは短期交換留学生のために作られた知的刺激に満ちた教科書です。短期交換留学生が、日本語の基礎を習得し、語彙や文法の知識を高めつつ、大学生にふさわしい知的好奇心をもって日本の社会や文化への多角的な眼差しを養ってほしいという近藤先生の切実な想いが伝わるお仕事です。

日本語教育の分野にとどまらず、近藤先生は言語学者としても、国境を越えて活躍しておられます。誇るべき同僚が去っていくのは寂しいですが、近藤先生のお仕事はしっかりと駒場に根をおろし、その遺産はこれからもどんどん成長していくことと信じます。十全な教育環境が整備できない中、留学生のために、そして駒場のために、素晴らしいお仕事をしていただき、また多くの同僚たちを様々なかたちで支えていただき、本当にありがとうございました。

(言語情報科学専攻/英語)

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