HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報585号(2016年7月 1日)

教養学部報

第585号 外部公開

ドレスデン訪問記 大学と研究所の連携を見る

辻 篤子

ドイツ東部ザクセン州の古都ドレスデンを訪ねた。第二次世界大戦末期、大規模な空襲で徹底的に破壊された町である。日程の制約から厳冬期の短い旅になったが、それでも旅立ったのは、ドイツの好調な経済の背景として研究や教育の制度が注目されていること、そして、定年を前に日本の国立大学からドレスデンの研究機関に移った旧知の物理学者から、現地の大学生の論理的な構成能力の高さを知らされていたからである。

私自身、科学分野を担当する記者として米国には約四年間、留学も含めて滞在したことがあるが、欧州は短期間訪れたことがあるだけで、実はあまりなじみがない。現在、駒場で科学技術分野のライティングを担当しており、その立場からドイツの現状を視察したいと考えた。

もちろん、ごく限られた見聞であり、全体像は語れない。それでも、大学と外部の研究機関との密接な関係など、興味深い状況もあった。そのあたりを中心に、研究と教育の一端を報告したい。

ドイツが日本と大きく違うのは、連邦国家であり、州政府の権限が強いことだ。大学も各州が力を入れていて個性を競い合っている。つまり、有力とされる大学は全国にいくつかあっても、「東大」はない。八ケ岳状態といっていい。

公的研究機関は四つあり、その役割は明確に分かれている。基礎研究のマックスプランク協会、応用研究のフラウンホーファー研究機構、大型装置による大型研究を担うヘルムホルツ協会、そして社会に役立つ科学を担うライプニッツ協会である。ヘルムホルツ協会は十八カ所と少ないが、他はそれぞれ数十カ所、全国に研究所を展開している。

これらの研究所は各地域で、大学を中心にちょうどつくばのような研究学園都市を形成している。今回の旅では、ドレスデン工科大学とこれらの研究所を訪ね、その一例を見た。

ドレスデン工科大は工科といっても、人文社会系、医学部もある総合大学で学生数は約三万七千人。ドレスデン地域に二十ある研究所と連携し、研究、教育、研究設備の利用などで相乗効果を上げるとうたっている。

実際、大学と研究所の併任も多く、大学院生が卒業研究をしたり、あるいは、学部生も研究所で指導を受けたりしている。日本とは大きく異なる有機的なつながりがある。

研究機関の中で、今世界的に注目されているのがフラウンホーファー研究機構だ。産業復興を目的に一九四九年に設立され、産業に役立つ応用研究を行っている。世界的な競争力を持つ中小企業が全国各地にあるのがドイツの強みだが、全国に六十七カ所あるこの研究所が技術面で支えている。

面白いのは研究費の出どころだ。研究所ごとに、産業界、政府、そして外部の研究プロジェクトと、ほぼ三分の一ずつにする決まりである。産業界の委託は多い方がいいが、そればかりだと短期的な研究になりがちなので、先を見た研究は政府の基盤的研究費でしっかり行う。また外部プロジェクトを獲得するためには、国内外のライバルとの競争もある。このバランスが実にたくみで、「フラウンホーファーモデル」と呼ばれて、日本を始めヨーロッパ諸国でもならう動きが出ている。

研究所長は大学教授が兼務し、全国で約二万四千人いるスタッフのおよそ半分が大学院生という。博士論文のための研究をしながら、産業界に触れる。学位取得後は研究所に就職して、企業などに転職していくことが多いそうだ。産業界と大学の両方の経験を持つ人材を育てる交流拠点ともなっている。

一方、マックスプランク協会はノーベル賞受賞者も多い伝統的な基礎研究機関で、基礎研究志向の強い学生は、この研究所を選ぶ。

学生は大学に籍を置きつつ、各自の関心に応じて、これらの最先端の研究現場に触れられる。貴重な経験に違いない。同時に研究所にとっても「若い学生はアイデアの宝庫」(フラウンホーファー研究所)である。双方にとってメリットが大きい。

旧知の物理学者が所属するのはヘルムホルツ協会の研究所だ。着任して早速、工科大の三年生の指導を任された。あるテーマで論文などの資料を示し、学生はそれをもとに要旨とプレゼンをまとめる。あっというまに完璧なものを仕上げてきて驚いたという。
その学生に会って話を聞くと、高校の国語でプレゼンの方法や、ディベートでどう論理的に相手を説得するかを学んだという。ほめられたことに「決して僕が特別なわけではない」と照れていた。

ちなみに、外国人研究者の指導を受けるときは英語で、プレゼンも英語で行う。ただし、大学の講義はすべてドイツ語で、最近増えてきた中国からの留学生もふくめて、まずドイツ語を学ぶという。修士課程のごく一部が英語の講義だそうだ。

マックスプランク協会の研究所では、昨年夏、本郷の工学部の講師から物性理論のグループリーダーに転じた岡隆史さんに会った。五年契約だが、この研究所は積極的に世界から研究者を集めており、こうした仲間と日常的に議論できる環境が魅力だという。

サッカーでいえば、ブンデスリーガには今や、海外では最多の十人の日本人選手が所属する。ドイツはどんどん外の才能を迎え入れ、研究に教育に、自らの活力につなげようとしているように見える。

若い学生にもっともっとさまざまな経験を。今回の旅を通じて強く感じたことだ。

世界の研究現場を知る岡さんからのメッセージをお伝えして締めくくりとしたい。「東大の学生は間違いなく世界でもトップレベル。自信を持って、今いる場に閉じこもることなく、自分の可能性を広げることを考えてください」。

(客員教授/広域科学/相関基礎)

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ドレスデン旧市街にある聖母教会。爆撃で破壊されたが、和解の象徴として2005年に再建された。

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