HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報586号(2016年10月 4日)

教養学部報

第586号 外部公開

東京大学スポーツ先端科学研究拠点の開設と記念シンポジウム

八田秀雄

東京大学は日本の大学では最も古くから、スポーツやスポーツ科学に関わってきた大学であるといえる。夏目漱石の「三四郎」にあるように、運動会が明治の頃から行われている。東大陸上部の正式名称は陸上競技部ではなく陸上運動部というが、これも陸上部設立当時には「運動」という名称しかなかったからと言い伝えられている。駒場キャンパスと陸上競技の関わりも古く、農学部が駒場にあった頃、今の正門横バレーコートあたりに一周280mの陸上トラックがあった。この競技場は黎明期の日本の陸上競技では重要な競技場であり、大正9年から12年まで4年連続で日本選手権が開かれている。戦後新制大学が発足すると、大学体育の授業を制度化しどのような授業を実施するかについて、駒場の体育学研究室が中心的な役割を果たしている。1964年の東京オリンピックでは陸上競技の練習会場として駒場のグランドが使用された。また科学的なウェイトトレーニングを行える体育館として、当時としては画期的なトレーニング体育館が五輪前にでき、五輪選手も使用している。そして現在も身体運動科学研究室は、日本のスポーツ科学についてリードする立場にある。このように東京大学は、大学としてスポーツ、スポーツ科学の振興や発展にこれまでも大きく貢献してきている。

そして2020年に再びオリンピック、パラリンピックが東京で開催される。これは前回同様にスポーツ科学を発展させる機会になる。しかも選手村から半径8キロ圏内で多くの施設が収まるコンパクトなオリンピックが本来計画されていて、その8キロ圏内に入る駒場は、場所からいっても貢献しやすいといえる。ではどのように貢献するのかと考えると、東京大学の強みである多くの部局で行われている様々な最先端の研究を、スポーツ科学に応用するのが一つの有効な手段である。例えば近年格段に進歩した映像、センサー、通信等の技術を使い選手のパフォーマンス解析や体調把握などをリアルタイムでできれば、大変有益になることが容易に予想できる。

そして今春、全学的なスポーツ科学研究の機構を駒場に設置することが承認され、設立時点で一四の部局が参加するという画期的な案がまとまった。それがスポーツ先端科学研究拠点(以下拠点)である。拠点長は駒場の石井直方教授が選ばれた。また東京大学と国立スポーツ科学センター(JISS)を運営している日本スポーツ振興センターとの間、また東京大学と障がい者スポーツ協会との間での連携協定が、どちらも5月20日に結ばれ、2020年東京オリンピック、パラリンピックへの協力体制を築くことになった。そして拠点では、競技力向上の研究や支援だけでなく、超高齢社会における健康づくりや健康寿命の延伸、高齢者や障がいのQOLの向上、バリアフリー化の推進等にも取り組み、成果を社会に還元することを目指している。

6月4日には開設記念式典と、記念シンポジウムが満員の900番教室で行われた。時の馳浩文科大臣と遠藤利明五輪担当大臣のお二人が出席し、それだけ東京大学が五輪、またその後のスポーツ科学、健康科学、障がい者スポーツに貢献することが期待されていることの現れといえる。式典では五神真総長から短期間で全学的な合意が得られたこと、スポーツやスポーツ科学の発展について、社会的期待に応えていくシステムとして拠点を設置する意義についての説明があった。続いて東大野球部OBの小林至氏をモデレーターに遠藤大臣、馳大臣、五神総長、パラリンピック射撃代表の田口亜希氏によってパネルディスカッションが行われた。その後は身体運動シンポジウムを兼ねた開設記念シンポジウムとして、身体運動科学研究室での研究内容が石井教授、中澤教授、深代教授と私から紹介された。続いてパネルディスカッションが、川原貴JISSセンター長、柔道男子日本代表監督の井上康生氏、車いすバスケット日本代表根木慎志氏、駒場の福井教授によって行われた。全体を通じて、スポーツ科学がオリンピック、パラリンピックに果たす役割が様々な形で提示され、拠点開設にふさわしい内容だった。

スポーツやスポーツ科学に最も古くから関わってきた東京大学に、全学的なスポーツ科学の柱ができたことは大変喜ばしいことである。ただし具体的な活動や研究内容については、まだまだこれから検討し決めていく段階であるというのも事実である。2020年に関していえば、現状では必ずしも十分なサポートができていないと思われるパラリンピック支援に力を入れるのが、有力な方向性ではないかと考えられる。一方で2020年までもう四年しかないともいえる。拠点が2020年までに十分に機能を発揮できるようにするには、いろいろ迅速な対応が必要になるだろう。ただしこの拠点は2020年を一つのステップにして、それ以降のスポーツ・健康科学を発展させる東京大学の中心として機能していくことが求められている。リオも終わりいよいよ次は東京。拠点が四年後にどうオリンピック、パラリンピックに関わるのか、大変楽しみだがこれは大変だなあという思いもする。

(生命環境科学/スポーツ・身体運動)
 

第586号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報