HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報586号(2016年10月 4日)

教養学部報

第586号 外部公開

出産・育児と教員生活 いつも崖っぷち─働きながらの出産・育児(前編)

渡辺美季

私は2014年度から駒場で歴史を教えている(専門は琉球史研究)。以前勤めていた大学で長女(現4歳)を、東大に来てから次女(現一歳)を産み、現在、同業の夫と共働きで子育て中である。

先日、あるママ友(大学教員)からこんなメールが届いた。─「最近不動産のCMで、若い夫婦に『ここは公園もあって子供さんには良い環境ですよ』とか言っているシーンがあって、思わず『そこじゃない! 必要なのは公園じゃなくて保育園なんだよ』と声に出してつっこんだよ」。

メールは続く。「しかもそれはただ保育園が近くだから安心なんて言っている場合ではなく、認可園(行政が入園を決定)か無認可(園が入園を決定、多くは申込み順)か、さらに第一子がゼロ歳児で入れる可能性はどのくらいなのか、ついでに病児保育室の場所も確認すれば優秀だよね」。

恥ずかしながら、長女妊娠中にもかかわらず(保育園は二の次で)公園が近い! にぐっと来て新居を決めてしまった私は、このメールにぐうの音も出ない。転居後に見学に行った一番近い認可園では園長先生に「この園のゼロ歳児クラスに入るのは宝くじに当たるよりも難しいって言われているんですよ~、ホホホ」と明るく言われて目が点になったっけ。

ここでは、そんなつっこみどころ満載の過去の自分を振り返りつつ、働きながらの出産・育児に関して「ここがいまいち分かっていなかった」ということを中心に、思うところを書いてみたい。将来子供を持つことになるかもしれない学生の皆さんの多少の参考、いや反面教師にでもしていただければ幸いである。

妊娠・出産と年齢

私が出産したのは37歳と40歳の時、正真正銘の「高齢出産」(35歳以上の出産)である。

日本産科婦人科学会によれば、女性の妊娠に適した時期は25〜35歳前後で、年齢が上がるほど妊娠率は下がり、流産率や病気・出産トラブルのリスクが上がるという(『HUMAN+』電子書籍版参照)。ちなみに私が次女を産んだ病院は、40歳以上の出産に「ハイリスク料金三万円也」が一律加算されるシステムで、40歳の誕生日からわずか6日後に出産した私もきっちりこれを徴収された(涙)。

こんなにリスキーな高齢出産をなぜ私がすることになったのか。それは一重に研究者になるための下積み(キャリア形成)期間が出産適齢期と完全に重なっていたからである。私は30歳手前で結婚したが、当時は夫婦とも大学院生、その後も互いに有期の研究員などの職を転々としており、子供を持つことは考えづらい状況にあった(いつか欲しいとは思っていた)。ようやく博士号を取得したのは32歳、任期のない職に就いたのは35歳のことである(夫はもっと遅かった)。

その後幸いに大きなトラブルなく出産したが、その過程で妊娠のタイムリミットと高齢出産のリスクについて自分があまりにも無知だったことに気づき、大量の冷や汗をかいた。もちろん知っていたからと言って思うようになるとは限らないが、後悔しないための多少の努力はできたのではないか。学生の皆さんは私の轍を踏まないで欲しい。

妊娠中の仕事と保活

さてトラブルなくと言っても妊娠中の仕事はそれなりにしんどい。特に次女妊娠中はつわりがひどく、授業前に教室からトイレまでの距離を確認してウッとなった時に何秒で駆け込めるかシュミレーションしたり(忘れもしない、一号館だ)、万一の嘔吐対策としてビニール袋を握りしめて講義したりもした。

長女妊娠中は産休に入ると「保活」を始めた。まず役所で情報を集め、認可(国基準)・準認可(自治体基準、厳密には無認可の一種)の九つの保育園を見学したが、認可はどこも数十から百人強の入園希望者が待機中で─特にゼロ歳児クラス(人手がかかるので定員が少ない)─入れる気がしない(準認可はややマシ)。遅ればせながら、保育園は選ぶ所ではなく、入園できる所に入れて「いただく」所なのだと悟った。

私は産後なるべく早く復職したかった。大学教員は代わりが効かないことが多いので長く休みづらいし、私としても研究や教育を極力中断したくない。同様の理由なのかは不明だが、二〇〇九年の調査によれば東大の女性研究者は七割が育休を取得せず、産休のみで復職している(男女共同参画オフィス編『東京大学女性研究者アンケート調査結果報告書』参照)。

とはいえ希望通りに復職するには、難易度の高い年度途中の入園が必要だ。しかも入園申込みは原則的に「産んでから」なので、先行き不安なままとりあえず出産するしかなかった。産後ドキドキしながら問合わせると、何とも幸運なことに希望する準認可園に空きがあったが、働きながら安心して産める社会なんてほど遠いことを実感した「保活」だった。なおきょうだい児の入園は優先されるので次女の「保活」は比較的スムーズだった(油断して申込みが遅れ、危うく入園不可になりかけるポカをやったけれど)。

◆厳選お勧め ①ジェンダー関係の本を集める駒場図書館1F「GENKI BOOKS」コーナー(妊娠・出産や仕事と育児の両立に関する本も多い)、②産婦人科医療を扱った漫画『コウノドリ』鈴ノ木ユウ、講談社(妊娠・出産をリアルに知ることができる。二〇代の時にこれがあったら、と思わずにはいられない)。

(超域文化科学/歴史)
 

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