HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報586号(2016年10月 4日)

教養学部報

第586号 外部公開

<時に沿って>ファンタジスタ

浅井禎吾

平成28年3月1日付けで総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系准教授として着任致しました。あっという間に数か月が経ち、豊かで落ち着いた駒Ⅰキャンパスと、ようやく実験できるようになってきた研究室に愛着が湧いてきた今日この頃です。

私は、幼い頃から大学までずっとサッカーをしてきました。ポジションはトップ下やセカンドトップなど1.5列目です。高校時代、一学年上のキャプテンが常々口にしていた「魅せるプレーを心がけろ」という言葉に感銘を受け、見ている人(私の場合は主にベンチですが)を楽しませつつ勝利に導く選手を目指して練習に励んだものです。さて、サッカーでは、一瞬の閃きと創造力で局面を一気に打開しゴールへと結びつけられるプレーヤーをファンタジスタと呼びます。私が最も憧れていたストイコビッチも代表的なファンタジスタの一人です。ファンタジスタが繰り出す予測不能なプレーの数々は、相手を恐怖に陥れ、観客に驚きと感動を与えます。そして、そこで提示されたアイデアは、世界を駆け巡り、次のアイデアへと波及して行きます。独創的なアイデアを生み出す想像力とそれを具現化する創造力を兼ね備えたファンタジスタは、私の目指す研究者像でもあります。しかし、そんなファンタジスタも今では絶滅危惧種となりつつあり、また、新しい発掘も非常に難しい環境になっています。

さて、私の研究での専門分野は天然物化学の中の「ものとり」と呼ばれるものです。「ものとり」とは、生物が創り出す二次代謝物の中から、新しい化学構造や機能を有する天然物の発見を目指すものであり、しばしば宝探しに例えられます。天然物の中には、人智を遥かに超えた、芸術的ともいえる美しい構造や機能を提示してくれます。抗生物質の概念を作り上げたペニシリン、薬の王様アスピリンを産み出したサリチル酸、合成未踏の化学構造アコニチン、ケミカルバイオロジーのパイオニアFK-506など枚挙に暇がありません。これらは、様々な分野にインパクトを与え、新しい研究を生み出し、サイエンスを発展させてきました。まさに天然物界のファンタジスタです。「ものとり」を生業とする研究者は、誰しも新たなファンタジスタとの出会いを望んでいます。しかし、サッカー界と同様、ファンタジスタを新たに発掘することは難しい状況になりつつあります。そんな中、次世代シーケンサーの登場により、彼らは様々な生物のゲノム上に潜んでおり、活躍の機会をうかがっていることがわかってきました。私たちの研究室では、モデル生物というフィールドを整えることで、彼らに出場の機会を与える試みをしています。この駒場で、特に創薬分野にインパクトを与えるようなファンタジスタに出会えることを期待しています。

そして、私自身も、駒場での教育や研究、そして日本の科学に微力ながら刺激を与えられるファンタジスタを目指して、センスと感覚を研ぎすませて行きたいと思っています。

と、訳のわからない話を書き連ねましたが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

(生命環境科学/化学)
 

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