HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報588号(2016年12月 6日)

教養学部報

第588号 外部公開

<時に沿って>つながりと多様性

野口誉之

2016年5月に広域科学専攻生命環境科学系助教に着任しました野口誉之と申します。専門分野は細胞生物学と生物情報学で、主に細胞を網羅的かつ定量的に計測し統計モデルによって仮説をたて、実験でそれを検証するという方法論で細胞内現象とくにシグナル伝達系や代謝系の全体的な把握を目指して研究を進めています。

細胞はタンパク質やDNAといった大きな分子、あるいは脂質や糖といった小さな分子が協調して働くことでその機能を維持しています。この協調というのは細胞の場合、単なる化学反応で、どういう分子とどういう分子がどういう反応をするかという情報はそれなりに蓄積があり、また反応の数学的な記述のしかたはある程度確立しています。とはいいましても細胞で起こる現象は複雑でまだまだわかっていないことが多いので実際の細胞を使った実験的な検証も欠かせないものとなっています。

細胞内で起きている現象はミクロに見れば基本的には単なる化学反応で、空気中で炭素が燃えると二酸化炭素になるといった簡単な反応と原理的には変わらないものです。しかしこうしたある意味生き物らしく見えない化学反応が、多様な物質そして多数の反応を積み重ねることによって、マクロなレベルでは環境の変化に巧みに応答したり、自分で自身の複製を作成したりといった生き物らしい振る舞いを構成するというギャップに非常に魅力を感じており、こうした点への興味が私の今の研究の原動力となっています。

さて、こうした多種多様な「もの(人)」が同時に働くことで全体が成り立っている系は、細胞に限らずヒトそのものや生態系・経済・社会など身の回りでよく見られるものです。私は細胞を題材に研究をしていますが、真の関心はこうした系の挙動を理解することにあります。このような多数の要素が協調して働く系では、系そのものは生き物ではなかったとしても特有の「生き物らしい」特徴が生まれると感じています(もちろん経済や社会の現象を「生き物らしい」と感じるのは一般的な感性ではないかもしれません)。「生き物らしい」特徴とは、たとえば系を維持するために物質・エネルギー・資本や情報などの「流れ」を必要とするところや、系が常に変動しつつも同一性を保つように見える一方で外部の環境に合わせて急激な変化をすることもあるという二面性を持っているところなどがあります。

「生き物らしい」系の理解はまだまだ進んでいませんが、こうした系を理解できるようになることは純粋に学術的な意義だけではなく、応用上の意義もあると考えています。健康寿命の延伸や多様な人々が協調して生活できる社会の構築など、ヒト・人の関わる現代的な問題の対処には「生き物らしい」系の理解が欠かせません。私は多様な人材が相互に影響を与え合う駒場キャンパスの環境を存分に生かしてこれから教育・研究に励んでいきたいと考えています。若輩者ですがどうかよろしくお願いいたします。

(生命環境科学/化学)

第588号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報