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最終更新日:2018.07.09

教養学部報

第589号 外部公開

小林俊行教授がアメリカ数学会フェローに選出

河野俊丈

数理科学研究科教授の小林俊行先生が、このたびアメリカ数学会のフェローに選出されました。アメリカ数学会のフェローは、数学における新しい分野の創設、発展などに貢献した研究者に対して、三万人を超える学会の会員から選ばれます。数理科学研究科では、二〇一二年に儀我美一教授がアメリカ数学会の初代フェローに選出されました。今回の小林俊行先生の授賞業績題目は「簡約リー群の構造論と表現論に対する貢献」です。小林俊行先生の受賞を心よりお祝い申し上げるとともに、先生の業績の背景と研究の一端について、少しご紹介いたします。

数学では、図形の対称性を表すために「群」という概念が用いられます。例えば、平面上に置かれた正三角形を考えてみましょう。この三角形の重心を中心にして一二〇度回転すると元の三角形に重ねることができます。また、それぞれの角の二等分線を対称軸として折り返しても元の三角形に重ねることができます。このように正三角形を元の図形に重ねる方法全体は、何もしない場合も合わせると六通りあることがわかります。この六通りの「合同変換」を正三角形の対称性を表す群と呼びます。平面の原点を中心とする円で同じことを考えてみると、原点についての任意の角度の回転、原点を通る任意の直線についての折り返しによって円を元の図形にうつすことができます。この場合は、円の対称性を表す群は無限個の要素からなっています。このように、円は正三角形よりもはるかに大きな対称性を持った図形であることを、群の言葉で表現することができます。円の対称性を表す群のように連続的な群のことをリー群と呼びます。線型代数で学ぶ、逆行列をもつような、ある次数の正方行列全体もリー群をなし、これは典型的なリー群の例です。対称性を表す群は、物理学でも系の対称性を記述する重要な概念です。

小林俊行先生は、リー群の無限次元表現論、対称性の破れなどの分野で顕著な業績を挙げました。リー群を関数空間など無限次元の空間に積構造を保つように実現することを無限次元表現論と呼びます。これは、量子力学などと関連して、当初、ゲルファントらによって解析的な手法で研究されていました。その後、ハリシュ・チャンドラ によって簡約リー群の正則表現の分解が得られて、無限次元表現の理論は新たな展開を迎えました。それ以降の研究は、ヴォーガンなどの研究に代表されるように、代数的な手法が主な潮流となりつつありました。小林俊行先生の無限次元表現論における研究においては、このような代数的な手法のみならず、解析学や幾何学の手法が広範に用いられています。応用される分野も多岐に渡っており、幾何学、保型関数、特殊関数、偏微分方程式論などにおよんでいます。

先ほどの円と正三角形を比べてみると正三角形の方が対称性を表す群が小さくなっています。このように対称性が小さくなる現象を「対称性の破れ」と呼びます。小林俊行先生は、対称性の破れと関連して、無限次元表現の部分群への制限についての優れた研究成果を挙げました。一般にユニタリ表現論において、部分群の表現からの誘導、および表現の部分群への制限という研究対象があります。一次元表現からの誘導は、等質空間上の大域解析とみなすことができてこれまでに、ゲルファント、ハリシュ・チャンドラ、大島利雄などによって大きく発展してきました。それに対して対称性の破れの理論については、多くが未開拓のままでしたが、小林俊行先生は、ここで先駆的な業績を挙げ、離散的分岐則の理論とよばれる枠組みを構築しました。既約分解の重複度が1となる場合はとくに重要で、歴史的にもさまざまな手法により、多くの例が発見されてきました。微分積分学で学ぶテーラー展開やフーリエ変換も、ある意味で重複度1の既約分解とみなすことができます。小林俊行先生は複素多様体における「可視的な作用」とよばれる概念を導入して、この視点から重複度が1になる表現の統一的な理解を進め、多くの重要な具体例を構成しました。また、小林俊行先生は、エルステッドとの共同研究で、不定値な計量をもつ擬リーマン多様体上の山辺作用素の大域解の空間に共形変換群の無限次元表現を構成しました。さらに、この理論の応用として、ローレンツ群の極小表現の幾何学的構成を得ました。また、ユークリッド空間における定数係数の超双曲型偏微分方程式の大域解の共形不変な保存量を構成しました。ここでは、佐藤超関数の理論が本質的に用いられており、特殊関数についてのさまざまな積分公式の群論的証明が与えられています。

小林俊行先生のもう一つの重要な研究テーマとして「リーマン幾何学の枠組みを超えた不連続群の理論」があります。リーマン幾何学において、局所的な幾何構造を与えたときに、リーマン多様体が大域的にどのような構造をもつかという問題は重要であり、二〇世紀以来の幾何学の大きな潮流として発展を遂げました。局所的な幾何構造から大域的な構造を決定することは、不連続群の問題と深く関わっています。例えば、種数二以上のリーマン面は、複素上半平面を一次分数変換の作用によって等質空間とみることができます。このような局所的な幾何構造から大域的な構造を決定する問題は、計量が正定値であるリーマン幾何学においては、すでに二〇世紀の幾何学において大きく発展してきましたが、相対性理論に現れるローレンツ計量のように計量が不定値な空間においては、多くのことは知られていませんでした。小林俊行先生は、一九八〇年代後半ごろから、リーマン幾何の枠組みを超えた、不定値な計量の場合をも含む等質空間の不連続群の理論の確立に世界に先駆けて本格的に着手され、この分野に飛躍的な発展をもたらしました。

このように、小林俊行先生の研究においては、代数学、幾何学、解析学の手法が見事に融合されていて、その成果も多くの分野に影響力を与えています。小林俊行先生の研究は、リー群の表現論のみならず、力学系理論、シンプレクティック幾何学、偏微分方程式論などにおいて、分野の枠を超えた進展を生んでいます。また、小林俊行先生は、ヨーロピアンスクールなど海外のサマースクールに何度も招待されて講演し、国内のみならず海外の研究活動でも指導的な役割を果たしておられます。さらに、日本数学会主催の「高木レクチャー」の組織委員をつとめられるなど多くの貢献をされています。今後、二一世紀の数学をリードしていく数学者の一人としての小林氏の活躍をこれからも期待致します。

(数理科学研究科)

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