HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報589号(2017年1月 6日)

教養学部報

第589号 外部公開

駒場博物館展覧会 「東京大学コレクション 『マザリナード集成』十七世紀フランスのフロンドの乱とメディア」

松村 剛

表記の長いタイトルをもつ展覧会が、駒場博物館で二〇一六年十月十五日から十二月四日まで開催されました。本稿が刊行される時点では展示は終了していますから、見学しそこねたとがっかりなさる方もいるかもしれません。後述のとおり、そういった方々には(展覧会をご覧になった方々にも)別のかたちで展示資料を見ることができますので、ニュース性のない本稿のタイトルだけ見て、終わってしまった展覧会の話かとすぐに本紙を投げ捨てないでください。

この展覧会においては、一九七八年に外貨減らしのために日本政府によって購入され、東京大学総合図書館に所蔵されているマザリナード・コレクション(マザリナード文書とは、一六四八年から一六五三年にフランスで起こった「フロンドの乱」の間に出版された印刷物の総称です。宰相マザランを批判したり誹謗中傷したりする文書だけでなく、戦況報告や高等法院裁決なども含まれます)を構成する全四四巻、約二七〇〇点の文書が初めて一般公開されました。日ごろは貴重書として扱われ、誰もが自由に閲覧できる状態ではない文書が総合図書館の協力によりこうして展示されたのは画期的と言えるでしょう。展覧会の実現にご尽力いただいた駒場博物館のスタッフの方々には心より感謝申し上げます。

一九七八年に購入されてから、実はこの文書はほとんど「死蔵」という言葉が当てはまるような状態に置かれていました。十七世紀フランスの文学や歴史を専門にする東京大学の教員は誰ひとり見向きもしなかったからです。研究が手薄な分野の一次資料がすぐ手の届くところにありながら活用しなかったというのはそれ自体、ひとつの興味深い現象と言えるでしょう。

そういった状況を大きく変えたのは、二〇〇六年に総合文化研究科言語情報科学専攻で博士論文『マザリナード文書とは何か―コーパスとしての東京大学コレクション』を提出した一丸禎子さんでした。東京外国語大学の故二宮宏之先生から聞いた話として総合図書館所蔵のコレクションの存在を私が偶然話題にしたことがきっかけとなってできあがったこの論文によって、ようやくこの集成の概要を把握できるようになり、個々の文書についての詳細もわかるようになったからです。

この博士論文を提出してからの十年間、一丸さんとパトリック・レボラールさん(南山大学)が共同で新しい手法を積極的に取り入れて推進してきたマザリナード・プロジェクトのひとつの成果が今回の展覧会であり、展示期間中の十一月三日に開催された国際シンポジウム« L’Ex­ploration des mazarinades »でした。二か月足らずの展示期間でしたが、これほど長期にわたる準備があったのです。

このプロジェクトは、マザリナード・コレクションのすべての文書をデジタル化してインターネットのサイトで見られるようにするだけでなく、それを文字に転写し(五千万字もありました)、語彙検索が可能になるような状態にしたテクストと、さらに、現代フランス語の綴りに変換したテクストも提示するという意欲的なものでした。十九世紀にマザリナード文書の書誌を作成したセレスタン・モローの業績を参照しつつ、その後の碩学ユベール・キャリエの研究成果も取り入れ、現在の第一線の専門家たち(マザリーヌ図書館館長ヤン・ソルデ、ボルドー大学教授ミリアム・ツィンビディ、カーン大学准教授ステファヌ・ハフマイヤーなど)と頻繁に議論を重ね、どのようなかたちにすることが研究者にとって最も有用であるかを十分に吟味しながら、このサイト(http://mazarinades.org/)は作られてきました。世界各地の研究者との交流のひとつとして、二〇一五年六月にパリのマザリーヌ図書館とフランス国立図書館と共同で国際シンポジウム« Mazarinades : nouvelles approches »が開かれ、その成果が学術誌 Histoire et Civilisa­tion du Livre(第十二巻、二〇一六年)に掲載されていることも忘れてはならないでしょう。

したがって、展覧会を見学しそこねた方々は、このサイトを閲覧すればマザリナード・コレクションにふれることができます。展覧会をご覧になった方々も、さらに知識を深めることができるでしょう。

さらに強調すべきなのは、この展覧会が終点ではないところでしょう。東京大学コレクションと世界各地に散らばるコレクションとをつなげていくといった広がりが実現しつつあることでわかる通り、量的にさらに充実していくといった面がこのプロジェクトにはあります。他方、現在すでになされている転写テクストと現代フランス語への変換テクストに関しては、写真版と比較しつつ、より正確なテクストにしていく作業が残っています。それには従来以上に多くの協力者の助けが必要になるでしょう。時間がかかる仕事ではありますが、そうしてできた資料こそ、多様な関心をもつ人たちが各自の必要に応じて研究を進める基礎になるはずです。

(言語情報科学/フランス語・イタリア語)

589-3-1.jpg

第589号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報