HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報591号(2017年5月 2日)

教養学部報

第591号 外部公開

東京大学2017年度新入生のみなさんへ

総長 五神 真

591_01-1.jpg新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。東京大学の教職員を代表して心よりお祝い申し上げます。東京大学が創立されたのは明治十(一八七七)年でした。第二次世界大戦の終戦をはさんで、前後それぞれにほぼ七十年の歴史があり、本年四月十二日に一四〇周年を迎えます。第三の七十年が始まろうとしている今、世界は予想を超えて大きく変わろうとしています。皆さんは、東京大学のその新しい七十年の栄えある第一期生です。
皆さんは、一般入試、推薦入試、外国学校卒業生の特別選考など多様な入試を経て入学されました。東京大学の試験はどれも、知識の量を測るものではなく、基本となる知識を柔軟な発想によって使いこなす力を問うものです。皆さんはその高い要求にしっかり応え、めでたく入学されました。その努力に大いに敬意を表したいと思います。

しかし、これから始まる大学における学びは、これまでの試験勉強とは大きく異なるでしょう。用意された問いに対して答えるという受け身の学習では足りません。もっと自由で主体的な学びに変わらなければなりません。能動的な学びへのギアチェンジをしてください。
私たちが皆さんに最終的に身に着けてほしいと願うものは何かということを、先回りしてお伝えしておきましょう。それは「答えのない問い」を自ら立てる力を養うことです。

なぜ問いを立てる力が大切か。それは皆さんが大きく変わりつつある現代の世界で生き抜くために、まさに簡単には答えを見つけられない問題に挑戦し続けなければならないからです。現代の社会には、手に負えない難題であっても放り出してしまえないもの、解決まで粘り強く取り組まなければならないことが数多くあります。答えだとされているものをあえて疑い、事実の探り方を変え、確かめ方を模索しながら、何とか前に進んでいかねばなりません。
「答えのない問い」とはもちろん、デタラメな問いという意味ではありません。「答えのない問い」を立てることは、自分が何を知っているのかを自分で見つめなおす、極めて知的でタフな作業です。そこでは、大胆かつ謙虚という、相反するような気持ちを持つことが求められます。その力を、高校のような指導要領の枠がない、大学という自由な場で鍛えてほしいのです。

(知のプロフェッショナルに)

二〇一六年は世界の大きなうねりを感じる年でもありました。各地での大規模テロの頻発、イギリスの国民投票におけるEU離脱の決定、アメリカの大統領選挙とその波紋など、混迷は深まり緊張が高まっています。私が何よりも心配なのは、人間の知性に基づく変革の可能性に絶望し、知を否定するような動きが目立ってきていることです。知性を放棄してはなりません。今こそ私たちは知のもつ力を強く信じ、他者を尊重し、冷静な対話を通じて、知に支えられた真の共感を作りあげ、広げていく努力を惜しんではならないのです。

東京大学の教育理念は「世界的視野をもった市民的エリート」の養成です。これを私は、知をもって人類社会をより良くするために主体的に行動し新たな価値創造と課題解決に挑む「知のプロフェッショナル」と呼んでいます。

「知のプロフェッショナル」となるために、まず三つの基礎力を養って下さい。第一は「自ら原理に立ち戻って考える力」、第二は、あきらめず「忍耐強く考え続ける力」、そして第三に「自ら新しい発想を生み出す力」です。そして、様々な人々を巻き込んで実際に行動しなければなりません。そのためには「多様性を尊重する精神」と、自分の立ち位置を見据える「自らを相対化できる視野」が必要です。そうした基礎力と精神と視野を身につけ、知に支えられた真の共感を生みだす価値創造の担い手となっていただきたいと考えています。

(二つの具体的な提案)

さて、「答えのない問い」を立てられるようになるには、どんなことから始めたらよいでしょうか。ここで私は、皆さんにこれからの駒場の生活の中で実践してみてほしいことを、二つ具体的に提案したいと思います。

一つ目は、教室で発言することです。質問は大いに結構。先生方は皆さんが口を開くのを待っています。もちろんはじめはうまく発言できず尻込みしてしまうかもしれません。しかし兼好法師も「徒然草」の第百五十段でこう言っています。
能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得てさし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。

つまり、上手になるまでは人前でやらないというならば、いつまでも上手にはなれないのだと。

二つ目は、多様性を認め合うことです。自分と異なった意見を知って、ハッとする体験がとても重要です。いわゆる「空気」が変わるこうした体験を通じて、「多様性を尊重する精神」を育んでください。この精神こそが、知に支えられた真の共感の基礎であり、能動的な学びへのギアチェンジに不可欠なのです。

他者を思いやり、互いを認め合いながらも、異なった意見が言えるためには、自由な場が必要です。東京大学はキャンパスにおいて、少数派かもしれないと思う人が堂々と発言し行動できる、そのために必要な環境を進んで提供していきます。そしてすべての学生の皆さんが「東京大学で学んでよかった」と心から思ってもらえるように努力します。

実りの多い大学生活を送れるように、皆さんの健康と健闘を祈っています。

(東京大学総長)

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