HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報592号(2017年5月 2日)

教養学部報

第592号 外部公開

<後期課程学部案内>農学部

副研究科長 中嶋康博

人類と地球の未来を農学から考える
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/

農学は、人類が生存し続けるために地球上の生物とどのような関係を構築するかを考える学問です。農学が扱う生物は多様で、バクテリアや酵母などの微生物から、高等動植物にまで至ります。その生息域は土壌中から海洋にまで及んでいます。人類は誕生以来、衣食住の面でこれらの生物群の産物に支えられてきました。最近では高機能素材や代替燃料などにおいて生物資源の高度利用が進められています。

食べるという行為は、他の生命の犠牲のもとで成立することです。この厳粛な事実に向き合い、人類は謙虚な姿勢を維持しながら生物との関係を取り結んできました。しかし近代になり、一時期、私たちはとても傲慢になりました。人類史上これまでにない急速な勢いで人口が増加し、社会活動は地球の隅々まで及ぶことになって、他の生物を圧倒していくようになります。人口増加は、食料を十分に確保し、医療・公衆衛生等を改善できたことで達成できたのですが、それ以上に人口が増え続けると、人類は生き延びるためにさらなる食料を求めました。食料増産に必要な土地を増やすため、森を切り拓き、湿地帯を埋め立て、水資源を汲み上げ続けました。そして栽培植物の収穫量を増やすために多くの化学肥料や農薬を投入したのです。こういった近代農業の拡大は、環境に大きなダメージをもたらしました。私たちはその問題に気づき、人類を含めた生物を育む環境にも配慮するようになったのです。

こうして現在の農学は、さまざまな種の生物の利用と自然環境の保全との調和を目指す学問分野からなるのですが、農学部では、生命の理解とその応用に向けて、分子レベルから個体レベル、さらには群落、生態系、生存圏のレベルで研究に取り組んでいます。それらの研究は、実験室で行われるものから、世界中の陸域、海域のフィールドで行われるものまで、専門によって多岐にわたります。人類の社会経済活動が他の生物群や環境へ与えた影響は複雑です。食の生産や消費を研究する社会科学分野がその構造を解明していきます。

農学部は、こういった複雑な実態とそれを支える多様な科学を段階的かつ体系的に学ぶため、課程・専修制をとっています。まず農学を三つのアプローチから区分して、応用生命科学、環境資源科学、獣医学の三課程を用意しています。その課程のもとに、生命科学、化学、生態学、環境科学、工学、社会科学などの多様な学問分野を背景にした十四の専修が設置されています。進学選択した先の専修で専門的な学習をより深めるためにも、その専修が所属する生命分野もしくは環境資源分野という枠組みの中で広く農学を学ぶことになります。そこでは、食や環境、生物多様性、バイオマス利用などの農学の対象を俯瞰する講義が課程の特徴にあわせて提供されます。

さらに先端的な研究へ誘うため、すべての専修において実験や実習が用意されています。この実験・実習を通して、教員や専修内の同学年の学生同士のつながりはもちろんのこと、他学年の学部・大学院生との関係も深めることになるでしょう。なおフィールドでの実習のための附属施設が数多くあることは農学部の特徴であり、演習林、生態調和農学機構、牧場、水産実験所、動物医療センターなどから構成されていて、東京大学の敷地面積の九九%を占めています。

ところで国連は二〇一五年の「持続可能な開発サミット」において、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための二〇三〇アジェンダ」を採択しました。そしてこのアジェンダの行動計画として、「持続可能な開発目標(SDGs)」で十七の目標が定められました。この前身は国連が二〇〇〇年に策定したミレニアム開発目標(MDGs)です。その第一の目標は「極度の貧困と飢餓の撲滅」でした。MDGsは計画期間内で一定の成果を上げることができ、SDGsがそれらの課題を発展的に受け継ぐことになったのです。

そこで謳われている持続可能な開発とは、「将来の世代がそのニーズを充足する能力を損なわずに、現世代のニーズを充足する開発」と定義されています。持続可能性は、まさに農学が追究してきた理念であり、SDGsで掲げられた目標の達成に向けて、多くの分野に農学は直接、間接関わることになります。農学部では、学生の皆さんとともに、人類の直面する課題を解決するための教育研究を進めていきたいと思っています。

(副研究科長/農業・資源経済学)

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