HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報596号(2017年12月 1日)

教養学部報

第596号 外部公開

駒場をあとに 『銀杏並木の衣替えを眺めつつはや幾年』

後藤則行

はじめに、二十年余りの長きにわたり、緑に包まれた駒場キャンパスで過ごせたことの幸運、多くの個性豊かな同僚たちに恵まれて職を全うできることに、感謝します。全学究生活を通じての、ご恩ある学内外の諸先生にお礼を申し上げます。

柏キャンパス所属予定の教員として一九九六年に赴任しましたが、その後の経緯で最後まで駒場にお世話になりました。よく「光陰矢の如し」と言われます。過去を振り返ると、瞬く間に時間が過ぎ去ったようにも感じますが、他方で、この間に体験した様々なことが、その時々の喜怒哀楽、暗中模索の眠れない夜々、ハラハラ・ドキドキした緊張や狼狽(外国でのスリや白タク被害、乗り継ぎ飛行機への遅刻など諸々を含めて)といった実感とともに甦り、断片的な回想でさえも結構時間の経過を忘れさせ、それなりの期間を過ごしてきた感慨も沸いてきます。

私は心の中で駒場を「歩く図書館(Walking Li­brary)」と呼んできました。広範な分野の一流の研究者たちが歩いています。若い頃は、自分より年下の方には仕事を邪魔しないと一線を画しましたが、常日頃疑問に思っていることがあり、会議等でたまたま関係分野の先生とご一緒すると、よく帰途に声をかけて質問をさせていただきました。皆さん快く相手をしてくださり、一度も無碍に断られたことはありません。非常に分かりやすく、また情熱をこめて解説をしてくださり、ときには場を改めてお酒を酌み交わしながらご教授を受けたこともありました。非常に良い想い出です。皆さんも、効率抜群、かような本キャンパスの貴重な文化財を活用しない手はありませんよ。

自身の仕事については、専門とする地球環境(温暖化)問題への社会的関心が高揚する情勢の波を受けて(煽られて?)、若い時期は分析のための数量モデルの開発と応用に明け暮れ、また国内外を駆け回っていたように記憶します。後半は、性格的に騒々しいのが苦手なこともあり、比較的自由に自分の関心ある方面に視野を広げ、研究活動に従事しました。長らく数量分析のようなドライな作業を続けてきた反作用もあるでしょうが、慣れない現地調査も数多く試み、抽象的な議論では抜け落ちてしまう自然環境およびその人間社会との関係の複雑さを学びました。率直な自己評価としては、客観的にはB+(学術的貢献という意味では、もう少し収斂すべきだった)、中庸(通俗的意味合い)という自分の中軸的な人生観によればA–(心情的には、特に大きな不満や後悔はない)となるでしょうか。

教育関係では、優秀な学生が多く、心地よい議論なども楽しむことができました。内容的には、「学際的考察」を個人的信条にしました。発端は、赴任した折り、てっきり堅固なカリキュラムに沿った講義の義務的担当に大忙しと予想していたのですが、応対の先生から「内容は自由にお決めください」と言われました。ちょっと面食らいましたが、それならと理系出身を生かし、専門の経済学、広く関連分野の観点や議論も取り入れつつ、自身も学習しながらの進展的な講義を企画しました。これは、最後まで継続しました。範囲を広げれば深さは減じるのが道理、まれに受講生から部分的な深究の要望もありましたが、概ね多角的視点からの複合的考察の意図は受容されたように思います。私自身、ときに異分野の新鮮な知見や洞察に驚き感心するなど、興味深く仕事を続けられました。

別れ際の助言等はありません。駒場の組織はきわめて複雑で、赴任当初は全く五里霧中、一時少しでも理解をと思い立ちましたが、すぐに断念、そのまま退職の今に至ってもほとんど全体を見通せないのが正直なところです。全科類に進学する六千人余りの前期学生の教育、加えて後期課程に大学院を含む大所帯、一定の統合的形態を保っているだけでも驚嘆に値し、そこには陰に陽にすべての教員および事務職員のご苦労があると思います。あちこちに齟齬や歪みが生じるのは当然のこと、確かに勤続を通じ「改革オンパレード」の印象がありますが、巨大怪物を一気に改変するのは無理であり、紆余曲折の丁寧なボトムアップ的対応が賢明なのでしょう。実際に環境問題、広く社会問題に関わると、数学や論理学にはないジレンマ、トリレンマなど複雑な状況に遭遇しますが、駒場は大きなマルチレンマの構造体といったところでしょうか。

かような教員生活でしたので、残念ながら行政的貢献という点で特に誇れるものはありません。申し訳なく思います。とは言え、相当数の学内委員兼務というのは駒場の常態であり、一応それらを真面目に勤めてきたことは言い添えておきます。
さいごに、いろいろとご助力を受けた事務の方々、特に所属専攻、長く(七年間)委員長を勤めた国際交流関係のスタッフや補佐職員の方々には、気安い私的な雑談を含めて親切なお付き合いをいただき、お礼を申し上げます。駒場のさらなる発展と進化を祈ります。

(国際社会科学/国際関係)
 

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