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最終更新日:2018.07.09

教養学部報

第597号 外部公開

送る言葉「長谷川寿一先生を送る言葉」

丹野義彦

長谷川寿一先生の卓抜した業績についてはあらためて紹介するまでもありません。先生は心理学にとどまらず生態学・人類学に関心をもたれ、二十七歳の時にJICAから動物調査官としてタンザニアに赴き、ご夫人で同業の眞理子先生とともに八〇〇日に渡って野生のチンパンジーを観察されました。その様子がドキュメンタリー番組で紹介されましたが、「チンパンジーが食べるものは虫でも何でもすべて食べてみた」とおっしゃられているのを聞いて、自然研究者とはこういうものかと驚かされました。ヒトと動物の生活史戦略・配偶戦略をテーマとして、一五〇本近くの審査論文、五〇冊の著書、六〇本の総説論文を発表されています。日本心理学会理事長、日本人間行動進化学会会長などをつとめ、毎年のように大会を開かれ、東京大学21世紀COEプログラム「心とことば〜進化認知科学的展開」を主宰されました。大学人としても、二〇一一年に総合文化研究科長、二〇一三年に東京大学理事・副学長として活躍され、二〇一四年の東京大学総長選挙では総長候補となられたことは私たちの記憶に新しいことです。ちなみに、先生の愛犬キクマルはファンも多く、NHKの『ブラタモリ』で先生が駒場キャンパスを案内した時もキクマルはとても人気でした。先生の弟子たちはぜひ駒場に第二のハチ公像(と先生の像)を建ててほしいものです。

こうした華々しい活躍とともに、われわれ周囲の人間にとって、長谷川先生の魅力はそのお人柄です。先生はこちらの話をしっかりと聞いてくださり、こちらの立場に立って親身に考えてくださいます。先生と話していると、自分がとても大事にされていると感じ、穏やかで落ち着いた気持ちになれます。明らかに先生は心理療法家の資質をお持ちであり、先生に救われたと感じた体験を持つ人は多いでしょう。私もそのひとりで、駒場でこれまでやってこられたのは先生のおかげだと思っています(ひとつだけ残念なのは、私もブラタモリの大ファンなので、先生に出演の先を越されてしまったことです)。

しかし、先生が常人と違うのは、そのやさしさが、タフで強い実行力に支えられているということです。先生は人が困っていることをみずから引き受けて解決され、これによってどれだけの人が救われたかしれません。例えば、二〇一六年に横浜で開かれた国際心理学会議では、事務作業が滞り、関係者は困り果てたのですが、先生が組織委員長をつとめられ、膨大な作業を引き受けてたいへんなご苦労をされました。先生のご苦労によってこの国際学会は大成功のうちに終わりましたが、先生に足を向けて寝られない人はたくさんいます。先生が人のためにみずからご苦労を買って出るので、今度は先生のために尽くそうという気持ちが自然に沸いてくるのです。COEプログラムや研究科長、心理学会理事長をされたときに、先生のもとで関係者が一致協力したのは当然のことでした。先生の課題突破力は驚くべきものですが、それを支えるのは私たちとはケタ違いに幅広い人脈です。先生が総合文化研究科を去るのは私たちにとってたいへんな痛手ですが、たとえ場所は変わっても、ずっとわれわれをご指導いただけるものと信じています。

(生命環境科学/心理・教育学)

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