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最終更新日:2018.07.09

教養学部報

第597号 外部公開

送る言葉「刈間文俊先生を送る」

伊藤徳也

刈間さんは、十学年上の東大中文の先輩です。一九九五年から駒場で同僚になりましたが、十学年も上なので先生に近い存在です。同じ世代には、同じ専門領域に、代田智明さん、藤井省三さん、中国語文法論の木村英樹さん等の綺羅星が連なっていて、これらの先輩方から私は、指導教授であった丸山昇先生以上に、直接的あるいは間接的な指導を受けてきました。

一九八二年に中文に進学して、研究室名簿を見たら、上の方に「刈間文俊」という名前がありましたが、その二年後に刈間さんが研究室の助手(今の助教)として週三日研究室に出勤されるまで、「実物」を見かけたことはありませんでした。映画の字幕やイベントの広告にお名前が出ていたので、学外で様々な活動をなさっていたのは知っていましたが、聞くところによると、他にも、日中文化交流において、「活動家」とでも呼ぶべき旺盛な活躍をされていたようです。まだ一般の日本人が中国には行けなかった文革終結直前に訪中し、軍事情報に触れるようなものも含む無数の熱気あふれる壁新聞が、あたかも文革の断末魔のように上海の街のいたるところに貼られている状況に出くわし、刈間さんはその壁新聞を全部読んだのだとか。

刈間さんは、中国映画の専門家として日中はもちろん国際的にも知られていますが、明らかに「研究者」の枠をはみ出た存在です。私に言わせれば、触ると切られるような「本物」に触れるまで追究を止めない活動家です。それがあまりに生々しい「本物」であるだけに、刈間さんが知っている情報の数々は、文章にされていないし、公の場で発表されてもいません。中国の人間関係の政治性もありますが、刈間さんは中国の「人情」を何よりも重んじるのです。中国語の「人情」には日本語の「義理」も含まれます。そのあたりはこの際大雑把に「配慮」と言ってもいいでしょう。刈間さんは実は、外見と違って相当細心なところがあります。

刈間さんは、中国語部会のIT係みたいなこともやっていました。中国渡来の最新ソフトや裏技、機器を器用に使いこなす一種のIT人間でもあります。進取の気質があっても細かくないと次々と新しいものに手を伸ばすことはできません。外見と違って意外、と言えば、車の運転があります。刈間さんは運転テクニックを得意げに語りながら、箱根の下り坂を、猛スピードで駆け下りるような人です。ある時刈間さんの前の愛車エスティマの助手席に座ってビビっていたのは何を隠そう私なのですが。

数年前TLP講演会の講師として招いた前駐中国大使宮本雄二さんと刈間さんの昼食の席に同席させていただいたことがあります。その際、宮本さんは、刈間さんに対して「あなたは外交官になればよかった」というようなことを言いましたが、それもあながち突飛とは思わせないようなところが刈間さんにはあります。

刈間さんは、私にとってだけではなく、中国語部会、LAP、TLPにとっても頼もしい指導者でした。来年度刈間さんが抜けてできる空間的あるいは精神的穴の巨大さを思うと、ほとほと、途方にくれるばかりです。今までどうもありがとうございました。

(超域文化科学/中国語)

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