HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報597号(2018年1月 9日)

教養学部報

第597号 外部公開

駒場をあとに「東大47年」

川又雄二郎

私は幼少の頃から算数の計算は得意でしたが、体が弱かったためサラリーマンは無理で、学者くらいにしかなれないと言われていました。幸いにして一九七七年に理学部で助手に採用されて以来四十一年間、学生時代も含めると四十七年間もの長きにわたって東大のお世話になりました。こうして定年まで大過なく勤め上げられたことは幸せでした。同僚の先生方や事務の方々にはとてもお世話になりました。皆様に感謝いたします。その間三人の子供と五人の孫にも恵まれました。特に家内にはとても世話になりました。
振り返って見ますと、助手の時代がいちばん楽しかったように思います。独身時代にドイツのマンハイムに二年間、結婚してからアメリカのバークレーに二年間派遣していただき滞在できたことはとても幸せなことでした。そのあとは、講師、助教授、教授となるに従い忙しくなりましたが、それでも毎年のように海外の空気を吸いに出かけることができました。とくに今世紀に入ってからは科研費を使って海外に行けるようになり発表の機会が増えました。

数学の研究は好き勝手に想像をめぐらすことが中心で、無責任のようですが結果が伴うかはわからないのです。長い間数学者をやってきて結果的にたくさんの定理が証明できたことは幸運でした。私はもともと旅行が好きでしたので、数学の研究を通して海外の国々を訪れ、色々な人たちと知り合いになることができたことも大きな楽しみでした。

たくさんの優秀な方々を指導できたことも大きな喜びでした。私が若い頃に学生だった方々の中にはすでに教授になられているかたも何人かいます。海外で教授になられた方もいます。最近になって学生だった方々は、子供と孫の中間の世代です。研究者になられた方も多い一方で、それ以外の多種多様な職業に就かれた方も少なくありません。なかには、修士課程を修了されたあとサイエンス・ライターをされていて、「コマネチ数学」で解説者をしていた方もいます。また、学部卒のあと独立研究者として有名になられた方もいます。彼は帰国子女でしたので、中国からの国費留学生と三人で英語でセミナーを行いました。その影響で、大学院セミナーは中国人が多いこともあり英語でおこなうようになりました。

工学部を卒業して数理に来られた先輩の教授は、「数学の人は腹黒くない」とおっしゃっていました。最近の政治ニュースをみていると、腹黒さ比べが勝負の分かれ目のように見受けられます。世間の風から隔離された象牙の塔にこもっていられたのも数学のおかげと感謝しています。

本郷と駒場の数学教室が統合して数理科学研究科ができたのは大きな出来事でした。私も本郷の理学部五号館から新築の数理棟に引っ越してきました。駒場は建物の間の空間が広く快適です。ビルが立て込んでいる本郷の方がプロフェッショナルらしくて良いという人もいますが、私は駒場の方が落ち着きます。ヒマラヤスギの大木を見ると清々しい気分になります。

Wall Street Journalによれば数学者は最も割の良い職業と言われているそうです。体力的な負担や時間的な負担が少なく、危険も少ない割には収入が良いからだそうです。逆に、最も割に合わない職業は木こりとのことでした。危険できつい仕事の割には収入が少ないからです。

私はこのように比較的楽な道を歩んできたわけですが、実は木こりをやったことがあります。数理の専攻長をしていたとき、玉原国際セミナーハウスの施設整備ということで、数学教室と駒場事務の主要メンバーと一緒に玉原に向かいました。ペンキ塗りの予定だったのですが、あいにく雨が降ってきたため、急遽草かりに変更になりました。全員分の雨合羽や軍手が用意されていたのはさすが事務でした。事務部長の指示で、課長が小型のチェーンソーを持って立木を切ろうとしていました。課長は怖そうにしていてうまくいかないようでした。そこで私が助力を申し出ました。以前カリフォルニア州の家に数日間ホームステイした時に、チェーンソーを一度使ったことがあったためです。山一つが庭という大きな敷地でしたので、薪ストーブにくべるため倒木を切り出しにいった時に少しだけ手伝ったのでした。また、私の庭でノコギリを使って木を切った経験も豊富にありました。チェーソーは小さなガソリンエンジンで動いていたため、すぐにエンストしました。たくさん木を切りましたので、エンストする少し前に力を緩め、空吹かしをすると良いということを学習しました。総務係長がジェイソンのようだと言っていましたが、私は映画を見ていませんでしたので、褒め言葉と理解しました。こうして何十本もの敷地内の木を切り、セミナーハウスの周りはすっかりきれいになったのでした。数学とはまた違った充実感がありました。

(数理科学研究科)

第597号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報