HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報600号(2018年5月 8日)

教養学部報

第600号 外部公開

〈後期課程案内〉教育学部

学部長 小玉重夫

越境する知の拠点 ─答えのない問いと向き合うために

http://www.p.u-tokyo.ac.jp/

学術と教育をつなぐ知の架け橋

本郷キャンパスの赤門を入って左手すぐのところに、東京大学教育学部の建物があります。一四〇年の歴史を有する東京大学のなかでは比較的新しい学部で、第二次世界大戦後の一九四九年に創設され、戦後からの復興と高度成長期の時代のなかで、学術と教育をつなぐ知の架け橋としての役割を果たしてきました。

これまでの日本の教育は、大学入試という人生最大のイベントを一つの画期として、それまで(高校卒業まで)とそれ以後(大学入学以後)を分けることで成り立っていました。高校までは知の習得に重点をおく教育が行われ、大学からは知の探究が始まる、そのような理解を学生だけでなく教員や研究者も暗黙の前提としてきたのではないでしょうか。

いま進行しつつある高大接続改革は、このような大学=知の探究の場、高校まで=知の習得の場という前提を問い直し、高校までの教育が知の探究の場になることによって、大学における知の探究のあり方それ自体を変革していく、そのような射程においてとらえられなければなりません。一八歳選挙権や一八歳成人もそうした背景のなかで位置づけられることができるでしょう。

答えのない問いと向き合う

知の習得から知の探究への転換を特徴づける語として、しばしばアクティブラーニングが語られることがあります。これまでの教育が、正解を導く問題練習の場であったとすれば、アクティブラーニングで重要となるのは、答えのない問いと向き合うことです。東京大学教育学部には、附属中等教育学校(以下、東大附属と表記)があります。東大附属は、二〇一六年度から文部科学省の研究開発学校に指定され、一八歳選挙権の時代にふさわしいディープ・アクティブラーニングを通じた「探究的市民」の育成に取り組んでいます。

この三月には、東大附属は富士通研究所と共同して空間UI技術を用いてアクティブラーニングにおける生徒の活動の見える化を行う実証実験を開始しました。空間UI技術とは、教室全体をデジタル画面のような相互作用のスペースとして構成し、タブレットなどからの持ち込み資料や、デジタル付箋に書いたメモを大画面で共有することで、参加者が顔をあげて議論することができる技術です。このように教室全体をアクティブラーニングの空間に変えることで、これまでのような知の伝達を中心とした教育のあり方を大きく変える試みに取り組んでいます。

越境する知

答えのない問いと向き合うためには、様々な異なる意見、異なる価値観を自分自身の中に取り込んでいく必要があります。それは、自らが所属してきた国や地域、人種、業界を越境する営みでもあります。

昨年度の東京大学総長大賞を受賞した教育学研究科博士課程三年(当時)の野崎有以さんは、若手詩人の登竜門とされる第二二回中原中也賞をとった詩集『長崎まで』(思潮社)で、自らが生まれた地から遠く隔たった長崎を「未踏の故郷」と見立て、越境によって得られる自由の可能性を歌っています。野崎さんの越境は、教育学研究者としての自己と詩人としての自己の間に横たわる境界を往還することで既存の知の枠組みを問い直そうとするものであるともいえます。その意味で、この作品は、教育学部がめざす越境する知の可能性を指し示していると思います。

教育学部はこのような知の越境を可能にする国際化にも取り組んでいます。たとえば、スウェーデンのストックホルム大学と学術交流協定を締結し、毎年、交換留学生を派遣しています。また、合同の国際セミナーを定期的に開催し、学生や院生が交流を深めています。今年(二〇一八年)の二月にストックホルムで行われた国際セミナーは、前年に引き続き、東大とストックホルム大学に加えてフィンランドのユバスキュラ大学も参加し、三大学の院生と学生が研究発表を行い、議論を行いました。このような形でグローバルな視野から研究を深めていくことは、越境する知によって既存の学問の枠組みが問い直されることに他なりません。

一八歳選挙権の実現をふまえて、この五月一一日には教養学部と共催で新入生を対象とした主権者教育に関するシンポジウムを開催しますが、これもまた、政治学と教育学という二つの学問間の境界を越え新しい知の枠組みを模索する冒険的試みです。皆さんもそうした知的な冒険の営みに共に参加していきましょう。

(教育学部長/総合教育科学)
 

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