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最終更新日:2018.10.12

教養学部報

第602号 外部公開

<時に沿って>「立て看」から思ったこと

韓燕麗

二〇一八年四月より表象文化論コースに准教授として着任しました韓燕麗と申します。二〇○〇年に来日してから八年半京都大学におりました。二〇〇八年から鳥取大学と関西学院大学でそれぞれ専任教員として経験を積み、現在に至ります。専門分野は映画学、とくに中国大陸以外の場所に居住する中国系移民が作った中国語映画とそのアイデンティティの問題について興味を持って研究しています。自分自身にも生来ディアスポラの血が流れているためか、四十半ばにして再スタートした東京・東大の新生活が日々与えてくれる新鮮な刺激も不思議と心地よく感じています。

駒場は教員として通う三番目のキャンパスになりますが、大学構内に設置される立て看板、学生用語で「立て看」と略されるボードの数やそこに記された意見・主張から、その大学の学生の資質と活力がある程度見て取れるように思うのは私だけでしょうか。その意味で、若者の元気良さがひしひしと伝わってくる駒場キャンパスが好きです。通りかかった立て看から例えば、「どんと来い、世界」、「諦めの悪い僕たちは世界に立ち向かう。君はどうだ?」、「感覚を思考の俎上にあげることを恐れないあなたへ」、「公務員である前に一人の尊厳ある個人として」などの文言が目に飛び込んできた時、日本ないしアジア、いや世界の未来はまだ明るいと嬉しくなります。また、危険分子と目されると困りますが、例えば「現場に行こう 横須賀米軍基地フィールドワーク」、「九条の価値は」と書かれた看板を見かけ、一部の京大生が東大生に対して抱くような偏見は修正されるべきではないかと思うこともありました。

この文章を書いている五月中旬は、ちょうど京都大学が京都市の景観保護条例により立て看を強制撤去したというニュースが世を騒がせている時期でした。学生や教員そして市民の有志らによって強制撤去が疑問視されるとともに、これまで京大生が作った珍看板の回顧展のようなものがSNSを賑わせていました。その中に、京大正門を真っ赤な横幕で囲み、そこに大きく「東京大学」、「赤門」と書かれた一枚の写真に目を引かれました。よく見ると、正門前に「東大化する京大」と記される小さなボードも設置されています。合格発表を見に来る受験生へ送ったささやかなジョークだったそうですが、なぜか一笑に付すことができず、そこに書かれた「東大化」という言葉はいったい何を意味しているのかと考え込んでしまいました。良いように解釈してみたかったのですが、如何せん皮肉屋の京大生から発せられた語ですから、褒め言葉ではなかったような気がします。

幸い「東大化」という語はどうもその一回限りのいたずらに留まり、まったく定着していないようです。しかし仮に、「東大化」の同義語を考えようとする場合、世の中の人々の脳裏にはまずどのような言葉が浮かんでくるのでしょうか。「東大化」の意味するところが、少しでも明るく、積極的な意味合いになりますよう、残り二十年ほどの教員人生において微力ながら尽力していきたいと考える今日この頃です。これからどうぞよろしくお願いいたします。

(超域文化科学/中国語)

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