HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報607号(2019年2月 1日)

教養学部報

第607号 外部公開

送る言葉「錦織紳一先生を送ることば」

内田さやか

錦織先生が担当されてきた学科・専攻の共通機器の管理業務の引継ぎを終え、私が准教授として駒場に着任して以来、大変お世話になってきた先生が退職されることを実感し、寂しく、心細く思っている。先生とは研究分野が近いため、私は駒場着任前の助教の頃から、学会を通じて先生のことを存じ上げていた。ある時、駒場で、私達の専門である無機化学分野の准教授の公募があった。私が応募書類を送った直後の学会で、私の発表を教室の前方で聞いておられる先生を見つけた。お名前のとおり、背筋を伸ばして座った紳士然とした佇まいに圧倒され、お声かけできなかった、というのが先生との(一方的な)出会いと第一印象である。どんな人物が応募してきたのかと偵察に来られたのか、特段の理由は無かったのか、伺いたいと思っていたができていない。
このように書くと、近寄りがたい方だと思われるかもしれない。が、困ったことがあって先生のお部屋を訪ねると、共通機器の使い方、講義や学生の修論発表のことなど、いつも親切に教えて下さり、先生に対する私の勝手な印象はすぐに書き換えられた。錦織先生は、本学の理学部・化学科を卒業され、理学系研究科・化学専攻で学位を取得されたのち、駒場で助手、助(准)教授、教授としてお勤めになられ、本学で一貫して教育・研究に携わってこられた。そのようなご経歴もあり、普段はお静かにされているが、いざというときは頼りになる一言を発せられる学科・専攻のご意見番として、私だけでなく他の教員からも認識されているように思う。
錦織先生のご専門は「包接化合物の開発」である。もう少しわかりやすくいうと、金属イオンと配位子とよばれる小分子とをブロックとして建築物(ホスト)を創り、そのなかに様々な分子(ゲスト)を閉じ込め(包接し)、ホスト─ゲスト間の相互作用やゲストの配列構造から誘起される特性や機能について、研究を展開されてきた。先生が得意とされるホフマン型の包接体には長い歴史があるが、ご研究のなかで特に独創的な点は、機能発現の鍵となるゲスト分子の配列や運動性を、X線回折、中性子散乱、核磁気共鳴など、様々な手法により解析して明らかにされていることである。さらに、最近では、ゲストの種類・量に応じて、ホストが構造変化することも見出されている。このように、一見「堅い」ホストが、様々なゲストを「柔軟に」受け入れることができるのだが、これは先生のお人柄と同じであると私は思っている。
錦織先生が駒場を、そして、東京大学を去られるのは誠に寂しい。最近、縁あって、先生の母校であり、私の自宅の近所にある、都立立川高校のスーパーサイエンスハイスクールのお手伝いをすることになった。錦織先生とのご縁が、先生が退職されても続くことを嬉しく思っている。最後に、駒場の教員を代表し、錦織先生、これまでどうもありがとうございました、と御礼申し上げる。

(相関基礎科学/化学)

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