HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報611号(2019年7月 1日)

教養学部報

第611号 外部公開

<時に沿って> 駒場から月を目指して

鹿山雅裕

今年度四月付けで東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の助教に着任となりました鹿山雅裕です。専門分野は月の科学や鉱物学、隕石学であり、授業は地球・生物圏システム科学実習や広域システム科学特殊講義Ⅳを担当しております。
博士課程を修了するまでは、主に地球の鉱物を対象に、様々な分析装置を使って鉱物の光物性から地質現象や形成史を紐解く研究を進めてきました。最近では、地球という枠組みを超えて、月隕石(月の岩石の一部が月面での天体衝突により放出され、地球に飛来した物質)やアポロ計画により回収された月試料の研究に注力しています。特に興味を持っているテーマは、月の水と将来の月探査計画についてです。
アポロ11号が着陸した一九六九年から一九九〇年代初頭まで、実は月には水がほとんど無いと考えられていました。アポロ計画で計六回ほど有人による月面着陸が行われ、プロセラルム盆地(月の表側に位置するウサギの影の形をした地域)周辺の調査が進められました。しかし、現地での観測や回収されたアポロ試料の分析を行っても、月に水が存在する証拠は一切見つかりませんでした。しかし、二〇〇〇年代初頭から始まった月の周回軌道における衛星観測(エルクロスやディープインパクトなど)により、月の極から水の痕跡が多数報告され、最大で数%にも及ぶ大量の氷の存在が示唆されました。月の大部分は渇いた大地ですが、温度が著しく低い極では大量の氷が埋蔵することが明らかとなり、将来の月の有人探査に活用できる水資源(飲料水、呼吸用酸素及び水素燃料)として期待されています。
しかし、衛星観測では、月の極表面から反射した太陽光由来の赤外線や宇宙線由来の中性子を周回軌道上で検出しているため、実は深さ一メートルまでの浅い領域からしか水の情報を得ることはできません。そこで私は、月の地下深くから天体衝突により放出された月隕石に対して電子顕微鏡やラマン分光計などを使った分析を試み、月の水活動の痕跡であるモガナイト(SiO2を主成分とする鉱物)を発見しました。この成果から、月のプロセラルム盆地の表面では、岩石に捕縛された水は太陽光による熱で蒸発してモガナイトを沈殿しますが、太陽光が届かない地下数mより深い領域では、氷として現在も残り続けることが判明しました。これまでは、月の極にしか水は存在しないとされてきましたが、実は低〜中緯度に位置するプロセラルム盆地でも極低温環境の地下であれば氷として残存し得ることが分かりました。この発見を後押しするように、最近では、探査機LADEEからも地下に大量の水が埋蔵している可能性が示唆されています。
このように近年、月における水の重要性が認識され、そのため、水の資源利用の可能性や科学目的をテーマとした月の着陸探査が各国で議論されています。実は日本もインドと協力して、無人探査機による月極域の着陸探査計画が検討されています。私も同プロジェクトに理学メンバーとして参画しているので、ここ東京大学駒場から月における水の研究を発信すると共に、着陸探査の推進と実現に向けて邁進していきたいです。

(広域システム科学/宇宙地球)

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