HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報611号(2019年7月 1日)

教養学部報

第611号 外部公開

<時に沿って> ジェネラリストにしてスペシャリスト

竹下大介

私は今から二十年ほど前に本学教養学部の基礎科学科第一(統合自然科学科の前身)を卒業し、生命環境科学系身体運動科学の修士課程に進学しました。その後、海外で研究を続け四月から生命環境科学系の准教授に着任致しました。
「ジェネラリストにしてスペシャリスト」というフレーズに惹かれ基礎科に進学し、生物、物理、数学等幅広く学び生物の研究をしたいと漠然と思っていました。ところが、当時スキーに夢中でスキーの研究をしたいと身体運動科学の修士課程に進学しました。基礎科の卒研で豊島陽子先生の研究室に配属された時には身体運動への進学が決まっていましたが、豊島先生は「基礎科から身体運動へ進学する学生がいても良いと思うので、サポートします」とおっしゃって下さり、とても有難かったです(当時はスポーツ科学サブコース等なく基礎科から身体に進学する学生は稀でした)。
修士の指導教官である深代千之先生は、研究テーマは自分で探せという方針で、別の分野から来た私は苦労しましたが、研究者として良い経験になったと思います。スキーの研究がしたいと進学したものの、雪山での測定は大変だと聞きあっさり諦めました(苦笑)。深代研の先輩で、周期的な運動中の筋肉に共振が起こり筋線維の長さ変化が非常に小さくなるというシミュレーションをされた方がいらっしゃいました。半信半疑だった私は超音波法で運動中の筋線維長変化を実測し、本当に共振が起こるという結果が出て驚きました。共振は物体の固有振動数に近い外力が加わることでその物体が大きく振動する力学現象です。力学を知らなければ得られた結果は摩訶不思議なものに思えたわけで、物理や数学をもっと学びたいと思いました。それと同時に、筋肉を制御している神経系の研究に興味を持ち、非線形動力学を神経科学に応用するグループがあるミズーリ大学の物理学部に進学しました。研究は実験から理論研究まで広く行い、ラットの大脳新皮質でてんかんを誘発し電気活動の同期パターンを解析したり、非線形振動子の近似に関する研究をしたりしました。純粋数学の教授との共同研究で、ある微分方程式に関する定理を証明したのですが、そのような論文を出すのは最初で最後だと思います(笑)。
博士号取得後は、ドイツのマックス・プランク研究所でポスドクとして網膜神経回路の情報処理に関する研究をしました。実験とモデリングを合わせた手法が自分にぴったりだと思ったからです。ドイツで四年半過ごした後、異なる実験手法を学ぼうとフィンランドのヘルシンキ大学でポスドクをしました。フィンランドは中央ヨーロッパと異なる文化を持つ面白い場所です。海外生活が長くなり日本に帰ると思っていなかったのですが、ご縁があって駒場に戻って来ることになりました。駒場ではバイオメカニクスと神経科学、実験と機械学習等の手法を組み合わせてヒトの運動メカニズム解明を目指します。
二十年前の自分と比べて多くのこと学んだと思う反面、自分が目指す「ジェネラリストにしてスペシャリスト」には程遠いと思います。入学式の上野千鶴子先生の祝辞で「大学で学ぶ価値とは新たな知を生み出すための知を身に付けること」というお話がありましたが、私も新たな知を生みだし、それが出来る人材を育成することに微力ながら尽力したいと思います。

(生命環境科学/スポーツ・身体運動)

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