HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報612号(2019年10月 1日)

教養学部報

第612号 外部公開

教養学部創立70周年記念シンポジウム報告

津田浩司

七月七日(日)、教養学部創立七〇周年記念シンポジウム「学際知の俯瞰力─東京大学駒場スタイル」が駒場Ⅰキャンパス講堂(九〇〇番教室)で開催された。一九四九年五月三一日、国立学校設置法により新制東京大学が発足、同時に駒場の第一高等学校(一高)と中野の東京高等学校を統合し教養学部が新設されたが、これを受け翌月初旬に入試を実施、その合格者を安田講堂に集め新制東京大学の第一回目の入学式が挙行されたのが、七月七日であった(初年の通常授業は九月開始、翌年以降の入学式は四月開催)。この日入学した一八〇四名の学生は皆、その後の二年間を教養学部で学ぶことになったため、この日は実質的に教養学部として学生を受け入れた初日でもあった。
今回のシンポジウム会場となった九〇〇番教室は、一高の「倫理講堂」として一九三八年に内田祥三の設計により完成した歴史的建造物である。かつて講堂壇上脇には、小堀鞆音の描いた菅原道真・坂上田村麻呂の肖像画が掲げられていたという(一高が本郷向丘に所在した頃よりその堂内に掲げられていた)。それら原画は今なお駒場博物館で所蔵(二〇〇四年修復)されているが、この日は来場者に九〇〇番教室の持つ歴史的連続性に思いをめぐらせていただくべく、同博物館のご厚意により、場内後方に両画の複製が掲出された。
シンポジウムは二部構成で行われた。第一部「創立七〇周年によせて─駒場へのメッセージ」では、まず五神真総長が挨拶に立ち、初代総長の南原繁の言葉等に言及しつつ、七〇年前に教養学部が独立した学部として設置されたことの意義について述べた。その上で、前期課程・後期課程・大学院という「三層構造」から成る東京大学独自の教育体制の骨格を支え、かつ本郷・駒場・柏というキャンパスの「三極構造」の一極を占める教養学部・総合文化研究科が、次の七〇年に向け教育・研究を一層充実させていくことに対し、強い期待を示した。
続く太田邦史学部長の挨拶では、駒場では時代の変化に応じ新たな教育プログラム等が次々と立ち上がる一方で、学部創設時以来の不変の理念があるとし、その例として、南原繁が当初から「人間性を伸ばすための遊び」という観点を教養教育において重視していたこと
(制度的にlate specializationに結実)を紹介した。南原は、若い学生を教え導く者はあらゆる事象を高所から解釈できるような「碩学」であるべきと考えていたともいい、初代学部長の矢内原忠雄もまた、教養教育を人格の陶冶にまで結びつけたものとして企図していたという。太田学部長は、このような高い志を掲げ品格に裏打ちされたものとしての教養教育のあり方は、今後も引き継がれていくべき重要な価値である、とした。
次いで場内では、かつて駒場で教壇に立ちつつ研究を進め、二〇一六年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典特別栄誉教授によるお祝いのビデオメッセージが上映された。さらにヘルマン・ゴチェフスキ教授が、自作曲「M.ルター作「神はわがやぐら」についてのメディテーションとフーガ」のパイプオルガン演奏を披露した。
その後プログラムは、浅島誠、ロバート キャンベル両名誉教授による記念講演へと進んだ。浅島名誉教授は、教養学部の沿革を詳しく紹介した上で、一高以来のリベラルアーツ教育が駒場で受け継がれていると指摘、そして世界的に価値観が大きく変動し科学技術も日々著しく進展する今日においてこそ、知識・知恵・知力の総和としての「教養知」の涵養・育成が望まれる、と述べた。キャンベル名誉教授は、イングランドの詩人John Donneの詩の一節「何人も一島嶼にあらず」、それに日本近世・近代の史料等に基づきながら、人々が常に他者とつながっていること、またそうしたつながりを通し自らや他者を変えていくことの意義を抽出した上で、そのようにして他者と渡り合える力こそが教養である、と結んだ。
休憩を挟んだ第二部は、中川岳氏によるJ.S.バッハ作曲「ファンタジア ト長調BWV五七二」の華やかなパイプオルガン演奏で開幕した。中川氏は、この三月に教養学科超域文化科学分科現代思想コースを卒業したばかりであるが、在学中の二〇一四年に国際古楽コンクール〈山梨〉鍵盤楽器部門(チェンバロ)で第一位を受賞したという逸材である。
続いて、スクリーン上では駒場ゆかりの教員からのショートメッセージが上映され、小川桂一郎名誉教授、佐藤俊樹教授、ジョン・ボチャラリ名誉教授、長崎暢子名誉教授、石田淳教授が順に、駒場への愛着や熱い思いを語った。中でも小川名誉教授は、映像中でスタインウェイ・ピアノを弾きながら美声を披露し、前述の中川氏とともに駒場構成員の多才ぶりを印象づけた。
ところで、この第二部は「駒場スタイルの未来」と題されていたが、これは六月末に教養学部創立七〇周年記念出版物として刊行された『東京大学駒場スタイル』の書題を踏まえたものである。同書では、駒場におけるユニークな研究・教育活動、すなわち「駒場スタイル」について幅広く紹介がなされているが、第二部の主要部たるラウンドテーブルでは、この「駒場スタイル」とは一体どのようなものかを今一度考えるとともに、それをどのように社会に発信し、かつそれを今後どう発展させていくのか等の点をめぐり議論が深められた。登壇したのは、一九九九年に総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程を卒業し現在は批評家・作家として活躍中の東浩紀氏、それに駒場の現役教員五人、すなわち、岡ノ谷一夫教授、鹿毛利枝子准教授、金子邦彦教授、西崎文子教授、武田将明准教授であった。上記登壇者はいずれも前記記念出版物の寄稿者であり、同書を中心的に編集した武田准教授によるコーディネートのもと、一時間にわたり濃密な議論が繰り広げられた。議論は駒場の教員がいかに頑張り過ぎているか等の点も含め多岐にわたったが、全体を通して、狭い学問分野に捉われないあらゆる分野の知が教員・大学院生・学部生の垣根を越え日々自由に融合・触発し合っているのが駒場ならではの姿である、という点が改めて浮かび上がった。聴衆の一員として、まさにシンポジウム副題にも掲げられていた「学際知の俯瞰力」を、今後さらに高めると同時に次世代へと環流させていくことが求められている、との思いを強くした。
一連のプログラムの最後に、七〇周年関連諸事業の企画・立案者として石田淳・前学部長が閉会の挨拶に立ち、三時間半に及んだシンポジウムは盛会のうちに終了した。なお、当日の参加者は三〇六名、シンポジウム終了後にファカルティハウスで催されたレセプション(ベテラン会と合同開催)の参加者は七六名であった。

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(研究科長補佐/超域文化科学/文化人類学)

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