HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報614号(2019年12月 2日)

教養学部報

第614号 外部公開

<時に沿って> 常識に気づくために非常識に身を置く

河野風雲

令和元年九月一日付けで総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系の助教に着任しました。専門分野は光遺伝学です。光遺伝学とはどのような学問か?を端的に述べると、光を使って生命現象の謎を解き明かすことを目的とした研究領域です。これは緑藻類の一種であるクラミドモナスの保有する光受容体チャネルロドプシン2が、光依存的に陽イオンを透過させる機能を持つという発見に端を発します。このタンパク質を神経細胞に発現させると、光依存的に細胞外の陽イオンが細胞内に流入する結果、膜電位の脱分極が誘導されます。すなわち神経細胞の発火を光で制御することができます。光で制御できるということは、顕微鏡技術などの光学系を上手く組み合わせることによって、特定の細胞だけを任意の時間で発火させることが容易に可能になるわけです。そのため光遺伝学は、複雑なネットワークを形成する神経細胞の機能解明において、時空間精度に極めて優れた制御技術として非常に重要な研究手法となっています。現在では、光遺伝学は神経の発火を制御するだけでなく、非興奮性細胞の分子機構を制御する技術としても大きく発展しています。私の研究では、植物や菌類が持つ光受容体の光依存的な構造変化に着目し、細胞内分子機構の光制御を実現する新しい技術開発を行なっています。そうした独自の技術を用いることで、自分自身にしか取り組めない生命現象の謎解き課題に日々挑戦しています。
私は元々、本研究科で博士号の学位を取得し、そのまま一年半ほど特任研究員として駒場で研究に従事しておりました。その後、米国ニューヨークにあるコロンビア大学に留学しましたが、渡米して感じたことは、全く異なる環境で生活したことにより気付かされた日本の良し悪しです。ニューヨークの地下鉄では、ダイヤの大きな乱れが日常的に起きていますし、電車が大幅に遅れると平気で途中の駅をいくつかスキップしていきます。日本の鉄道ではあり得ない出来事です。分単位で正確に電車が来る日本の鉄道の凄さを改めて感じます。一方で、米国では建物や部屋の出入りの際に必ず周りに他に出入りする人がいないかを確認して、いた場合はドアを開けたまま"Go ahead"と先に出入りするのを促し、された方は"Thank you"とお礼を返す一連のやりとりを日常的に見かけます。他人に干渉しない傾向にある今の日本ではほとんど見られない光景です。これまで全く意識したことがなかったある意味"常識"であったことに対して、それが非常識であるところに身を置くことよって初めてその"常識"に気づかされました。
科学において、常識を疑うことはとても重要です。その常識がどこにあるか気づくために、あえて非常識な場所に身を置くことは科学においても重要かもしれません。総合文化研究科では情報から宇宙、そして生命に至るまで多岐にわたる研究分野が同じ建物内に軒を連ねています。全く専門外の研究領域のセミナーに参加するなど、非常識な場所に身を置くことが容易くできる環境にあります。常識を覆す革新的な技術開発を目指す上で、このような恵まれた環境にいて研究に従事できることに大きな喜びを感じざるを得ません。

(広域システム科学/化学)

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