HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報616号(2020年2月 3日)

教養学部報

第616号 外部公開

送る言葉「惜別の辞ではなく」

佐々木一茂

石井直方先生、ご定年おめでとうございます。十年ほど前は「早く辞めるから」が先生の口癖でしたが、いつの間にかご定年、そして四月以降も社会連携講座や科研費などの大型研究プロジェクトに従事されるため、度々駒場にいらっしゃるそうです。そこで、私は惜別の辞に代えて、教え子の一人として先生の知られざる?お人柄やご業績を五つのキーワードで皆様にご紹介することにいたします。
1 筋肉博士
石井先生と言えば筋肉、筋肉と言えば石井先生。特筆すべきは筋収縮の分子メカニズムから個体レベルでの筋トレ効果の検証、さらには運動が社会や経済に及ぼす影響まで、あらゆる階層で研究成果を上げられてきたことです。また、ご出身が理学部生物学科ということでヒト以外の筋肉についても造詣が深く、私自身いまだに学ぶことが多くあります。扱ってきたテーマと知識の幅広さこそが「筋肉博士」たるゆえんではないでしょうか。
2 元祖?二刀流
先生がかつて日本を代表するボディビルダーであったことは有名ですが、驚きは博士論文執筆の年(一九八一年)に最初の日本チャンピオン(ミスター日本)になられている点です(翌年にはミスターアジア、翌々年には再びミスター日本を獲得)。ちなみにこの頃の研究対象はヒトの筋肉ではなく、ムラサキイガイ(ムール貝)の足糸牽引筋でした。ボディビルダーと研究者、両者の違いが野球のピッチャーとバッターどころではないことを考えると、その二刀流は超人技と思わざるを得ません。
3 ぶれない興味と信念
先生が現役のボディビルダーであった当時、筋トレが健康づくりにおいて重要という考え方は全く普及しておらず、むしろ健康を害する行為、知的でない行為と考えられていたそうです。そんな頃から先生はご自身の興味と信念にしたがって筋肉づくりの実践と研究を続けてこられました。昨今は筋トレやボディビルに対する世間の見方も大きく変わりましたが、先生の存在がその礎を築いたことは間違いありません。
4 気は優しくて力持ち
「力持ち」の方は言うに及ばず、とにかく先生は優しくて穏やかな方です。怒ったり、不機嫌になったりした場面をほとんど見たことがありません。ストレスはバーベルを持ち上げることで発散されていたのでしょうか。研究指導においても学生の自主性を尊重するスタイルを貫かれ、おかげで私たちは自由にのびのびと研究ができました。
5 教養人
先生はご経歴だけ見るとバリバリの理系研究者なのですが、お書きになる文章はどこかやわらかく、親しみやすいと多くの方が感じるはずです。一般向けの著書が大変多いのも、専門的な内容をわかりやすく伝えることに長けていらっしゃるからではないかと思います。個人的に、先生の文系的な素養は早稲田大学の教授としてフランス文学を研究されていたお父様から受け継がれたのではないかと想像しています。
以上、あっという間に紙面が尽きましたが、この原稿をまとめる過程で改めて見習うべき点、そして無意識にも見習っていた点がたくさんあることに気づきました。まだまだ書きたいことはありますが、引き続き駒場でお会いすることを楽しみに、ひとまずは筆を置かせていただきます。今後とも温かく見守っていただけたら幸いです。ありがとうございました。

(生命環境科学系/スポーツ・身体運動)

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