HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報616号(2020年2月 3日)

教養学部報

第616号 外部公開

送る言葉「丹野先生を送る」

石垣琢麿

丹野義彦先生の業績は、臨床心理学をテーマとした査読付論文一七〇本、著書・分担執筆一三〇本、総説・紀要論文一一〇本、学会発表五八〇回にのぼる(共著を含む)。これらを背景に、先生は日本に「認知臨床心理学」という新しい分野を打ち立てられた。基礎学としての認知心理学と実践学である臨床心理学を結びつける研究を積み重ねられ、日本の心理臨床における「科学者─実践家モデル」の確立に努められた成果は、うつ病、不安症、統合失調症等の心理メカニズム研究やパーソナリティ研究の深化を生み、実践面では認知行動療法の普及と発展に大きく寄与している。また、公認心理師が国家資格として認められた背景には、丹野先生の獅子奮迅のご活躍があった。したがって、これからの公認心理師には「科学者─実践家モデル」を研究分野でも臨床分野でも具体化する存在になってほしいと筆者は思う。
先生の臨床心理学以外の業績でつい最近驚いたのは、スタニスワフ・レムの新訳「ソラリス」の訳者解説(沼野充義氏)を読んでいたときだった。そこには、丹野義彦というSFに詳しい心理学者が八〇年代にレムの作品論を書いており、その価値は今も失われていない、とある。最高のSF作家の作品に関する文学研究でも先生の卓越した見識が遺憾なく発揮されていることに、改めて尊敬の念を深めた次第である。先生のレム論の詳細については、丹野研究室のホームページ(http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ tanno/)を参照していただきたい。
学内に目を移すと、駒場学生相談所では、長年にわたり運営委員長として多くのスタッフと学生支援活動をまとめていただいた。実際にいくつかの大変なケースでは丹野先生自らが対応してくださり、無事に終結を迎えたことは忘れられない。しかしながら、個々のケース対応以上に、駒場における学生支援組織間、教職員間の連携に関するご尽力は並大抵のものではなかった。それだけ学生支援における各部署間の調整は難しいということだが、丹野先生によって構築された駒場キャンパスの統合的な学生支援活動が現在の東京大学全体のモデルになったといっても過言ではなく、そうした意味で丹野先生は学生にとって「駒場の父」と呼んで相応しい存在であると思う。
最後に、ご多忙のなか、教員数の少ない部局で学部生の教育から教室主任・系長まで、どれひとつとして軽んずることなく着実に仕事をこなされたことも忘れずに記しておきたい。とはいえ、かつて駒場寮問題が生じていた当時は、先生も若手教員として大変だったとお聞きしている。そうしたご苦労のなかで身につけてこられたのだろうか、研究・教育も学内業務も、大学人として先生のご活動すべてを貫いている態度は「穏やかに粘り強く、決して諦めないこと」だと思う。
筆者が指導者としての丹野先生と巡り合ったのは今から二十五年ほど前だが、先生は今もほとんどお変わりないのに、弟子の方がどんどん老けていく昨今である。このような不肖の弟子である筆者としては、先生にまだまだご指導いただきたいし、今後も臨床心理学界をけん引し続けられることを心から期待している。

(駒場学生相談所/心理・教育学)

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