HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報616号(2020年2月 3日)

教養学部報

第616号 外部公開

送る言葉「増田 茂先生を送る」

村田 滋

私と増田さんとのつきあいは、私が助教授として駒場に赴任した平成八年に遡る。この年は駒場寮に廃寮宣言が出された年で、増田さんは学部長補佐として激務にあたられていた。化学部会などの会議において、居並ぶ長老の先生方に臆せず意見を述べる姿を見て、この人はいずれ化学部会を、あるいは駒場を先導する立場に立つのだな、と思った。
増田さんの研究分野は、物質表面の構造や反応を研究する「表面化学」という分野である。新しい装置を開発して実験手法を確立し、いくつもの発見をして、この研究分野の最先端で活躍された。増田研の学生の論文を審査する機会がしばしばあったが、いつもしっかりとした指導がなされていると感じた。前期課程教育にも熱心に取り組まれ、学生による授業評価も高かった。
こういった研究・教育の傍らで、増田さんは平成十五年に教授に昇任して以来、様々な要職をこなし、駒場の発展に貢献した。私が彼を凄いと思うのは、言葉だけでなく実行が伴うことである。増田さんが部会主任や相関基礎科学系の系長であったときの部会会議や系会議は、本当に短かった。平成二十一年から二年間、駒場の教務委員長を務めたときには、試験の成績報告期限を守らない教員や試験監督を欠席する教員が多いことに対して、当該教員が所属する部会の主任に前期運営委員会で謝罪させるという奇策を編み出し、効果をあげた。試験で不可をとった学生に対する成績確認システムが確立したのも、彼が教務委員長のときのことである。平成二十四年の広域科学専攻長のときには、文部科学省に「卓越した大学院拠点形成支援補助金」を申請し、専攻として総額一億五千万円の補助金を獲得した。十二月下旬の通知に対して、年度内に完了という厳しい条件であったが、専攻長の主導により見事に専攻全体に分配され、専攻の研究・教育環境の向上に著しく貢献した。その翌年、副研究科長を務めたときには、理系教員のサバティカル研修制度を導入し、また、非常勤講師の制度を改め、高額の外部資金を獲得している教員やサバティカル研修期間の教員にも非常勤講師を手当てできるようにした。まだまだある。学内業務に関する増田さんの業績を挙げようとすると、とても字数が足りない。
このような業績はもちろん、増田さん一人のものではなく、多くの教員や職員の協力があってのものである。私も何度か一緒に仕事をさせていただいたが、彼は人にものを頼むときに、けっして威圧的ではなく、かといって平身低頭するわけでもなく、うまく表現できないが、"手伝ってやろうか"という気にさせるのである。卓越した行動力・発想力を示すとともに、周囲への気配りができるということかもしれない。彼のもとで事務をされた方々に増田さんの印象を伺うと、"お優しい方でした"という答えが返ってくる。会議における彼の言動しか知らない人は人違いと思うかもしれないが、私にはよくわかる。
元号が令和に変わって、また一人、昭和の駒場を生き、ここにかつて寮があったことを知る人が駒場を去っていく。しかし、彼の残した様々な業績は、これからも生き続けるのだろう。増田さん、長い間有り難うございました。

(相関基礎科学/化学)

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