HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報616号(2020年2月 3日)

教養学部報

第616号 外部公開

駒場をあとに「アカデミズムの明るさの中で」

河野俊丈

駒場に着任したのは一九九二年で、数理科学研究科が駒場キャンパスに創設された年にあたる。私は大学院生の時は、教養学部数学教室の研究室に所属していたので、前期課程も含めると三十年以上、駒場でお世話になったことになる。私が大学院生の頃の数学のセミナーは、旧駒場寮の南側の第一研究室で行われていた。東京周辺のさまざまな研究者が集まり、「特異点論」などをテーマとして、時間や回数の制限もない、自由闊達な議論にふれることができた。まさに駒場に育てていただいたとの感謝の念をいだいている。
私は、修士課程修了後、名古屋大学、九州大学に勤務し、その間に、三年間にわたってフランス政府給費留学生として、パリ第七大学、フランス高等科学研究所(IHES)などに滞在する機会を与えていただいた。ここでは、数理科学研究科着任後に印象に残っているいくつかの事柄について述べさせていただきたい。
東京大学では、十九世紀末から二十世紀初頭にかけてドイツで制作された石膏などの幾何学模型を保管している。これらは一九一◯年代ごろに日本に輸入されたものである。本郷の数学教室に置かれていた頃は、幾何学模型にはあまり気をとめていなかったが、一九九七年に東京大学百二十周年の記念事業の一つである「学問のアルケオロジー展」で、模型の展示を行うことになった際に整理をした結果、これはゲッティンゲン大学、パリのポアンカレ研究所などと並んで、世界的にみても、もっとも完全なコレクションの一つであることを知った。これらの模型との出会いを契機にして、ヤマダ精機との共同による現代の技術を用いて幾何学模型を制作するプロジェクトや、アーティストの杉本博司氏とのコラボレーションなどに携わることができた。
二つ目は、二〇〇七年の数物連携宇宙研究機構(IPMU)の創設に関わったことである。この研究機構は文科省の世界トップレベル研究拠点プログラムの一つである。数学と物理および天文学が共同して推進する機構であり、このような基礎科学の分野に文科省から補助をいただいたことは、大変ありがたいと思っている。ここでは、約半数が海外の研究者であり、また数学と物理の研究者がセミナーをシェアしているという面でも画期的で、私は研究面でも、この研究機構から大きな刺激を得ることができた。研究機構の建物のお披露目のときに、オーケストラを作って演奏しようということになり、コントラバスを演奏される当時の村山斉機構長を中心に楽器を演奏する人々が集まって、私もそれに加わった。この活動は現在も続いている。オーケストラは、研究機構の人々の関係性に良い影響を及ぼしている。音楽を創っていく過程では、立場を超えたコミュニケーションや相互理解が不可欠であるが、これは研究面でも同じである。海外からのポスドクなど様々な研究者が集まる機構で、オーケストラ活動が研究機構のオープンな雰囲気をさらに強め、創造的な研究に繋がっている。数理科学研究科でも学生や教職員を交えた室内楽演奏を行っていて、春の懇親会、夏の懇親会、留学生交歓会などで演奏を行う機会があった。
最後に、二〇一二年から始まった文科省博士課程教育リーディングプログラム「数物フロンティア・リーディング大学院(FMSP)」について述べる。私はプログラム開始から四年間、プログラムコーディネーターを務めた。FMSPでは、カブリ数物連携宇宙研究機構などとも協働して、理論物理などに代表される諸科学に広がりをもつ研究領域を開発し、それらに貢献しうる先端数学の理論を創成して、展開する次世代の数学研究のリーダーの養成をめざしてきた。また、幅広い視野をもって、産業界から提起された問題や、環境問題などについても寄与することができる人材を育成することを目的としている。二〇一六年から、「社会数理実践研究」として、社会や産業界の課題について、若手研究者のリードのもとに学生がグループワークで長期間にわたって取り組む試みを始めた。これまでに、代数学や幾何学などのいわゆる純粋数学の分野を学んできた学生が、このような課題に取り組むことができるのか、当初は私たちにも懸念があったが、学生の皆さんは、自分の専門性を発揮しつつ、柔軟な発想でこれらの課題に取り組んでいる。その姿勢には、これまで産業界との共同研究などの経験が少なかった教員の側も多くのことを学び、数理科学研究科の研究のスペクトラムが拡がったと思う。
このような、学問の従来の専門分野の枠を超えた横断的な研究は、駒場の学問の幅広さと懐の深さによってはじめて可能になるものだと考えている。駒場の「アカデミズムの明るさ」を築き上げてこられた先輩の方々と素晴らしい同僚、献身的にサポートしてくださった職員の方々、そして、研究面でも多くの視点を提示してくれた学生の皆さんに感謝したい。

(数理科学研究科)

第616号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報